キャプテン
MANGA ARCHIVOS WEEKLY
キャプテン名言集
第 1回
物語につながる読み切りタイトルだった
谷口「とうちゃん お…おれまた……がんばらなくっちゃ!」
この回だけで、すでに「キャプテン」の魂、物語の骨子は完成されている。と言うのも、谷口がキャプテンに任命されるまでの物語は当初、「キャプテン」としてではなく、「がんばらなくっちゃ」というタイトルで、別冊少年ジャンプで前後2回の短編読み切りとして掲載された作品だったからだ。谷口のセリフは、単に墨谷二中野球部を率いる新キャプテンとしての決意表明というだけでなく、漫画全体のオチとして最後にタイトルを発していたというワケだ。
何をやっても悪く受け取られてしまう不運は世に多いが、転校初日の谷口は何をやっても好意的に受け取られ、天才&スター扱いされるという不運を味わう。そのギャップを埋めるべく、夜の神社で父と猛特訓に励み、やがて本当の実力をも手にする。そんな谷口の陰の努力を見抜き、キャプテンに指名した前キャプテン(名前不明)の、とても中学3年生とは思えぬ眼力とオトナっぷりに拍手!
「キャプテン」が月刊少年ジャンプで連載スタートしたのは1972年(昭47)のこと。その前年から中外製薬の「新グロモント」のCMや、「ママとあそぼう!ピンポンパン」(フジテレビ系)から生まれた大ヒット曲「ピンポンパン体操」で、ともに「♪がんばらなくっちゃ」というセリフが多用されており、当時かなりの流行語だったことも忘れてはならない。
第 2回
強心臓イガラシ確かに可愛げない!
丸井「サルといおうか ラッキョといおうか かわいげのない顔しちゃってさ」
谷口キャプテンが就任早々直面した問題が、1年生ながら抜群の野球センスを持ちつつも協調性に欠けるイガラシの問題だ。江田川中学との試合でも、たびたびキャプテンでもある谷口に助言を与えるなど(それも、いちいち理にかなった正論だったりする)、非凡さと野球分析力を持つイガラシだが、年功序列を重んじる上級生たちの受けは悪い。
勝利至上のためイガラシを重用すべきか、それともチームの序列やチームワークを優先してイガラシの意見を抹殺するか?の選択に悩む谷口に、イガラシ嫌いの急先鋒(せんぽう)・丸井の発言がコレだった。
ラッキョはともかく、猿によく似た1年生は可愛げがありそうなものだが、下校途中で自分の噂をする上級生2人にあいさつもせず、ポケットに手を入れたまま素通りするイガラシの強心臓ぶりもなかなか。たしかに可愛げはない!そんなイガラシにレギュラーポジションを奪われることになった丸井の心境やいかに…。
後に、ずいぶんと知的で愛らしい表情へと変化していくイガラシだが、連載初期の顔立ちは「あしたのジョー」の東光特等少年院第六寮でジョーやマンモス西と同部屋だったガイコツにそっくり。これは、作者のちばあきお氏がジョーの連載当時、兄・ちばてつや氏のアシスタントをやっていた名残だろう。
第 3回
チーム崩壊危機救った丸井の男気
イガラシ「丸井さんて いい人なんだね」
よりにもよって、憎き後輩・イガラシにレギュラーの座(セカンド)を奪われ、失意のドン底にあるはずの丸井だが、その決断を下した谷口キャプテンに抗議せんとする同じ2年生たちを制しつつ「キャプテンだって よくよく考えて 決定したことなんだぞ」と苦渋の決断に至った谷口を擁護。その2年生連中のやりとりを見ていたイガラシが発した言葉がコレだった。
おそらく、この直前までイガラシにとって、丸井など眼中にすらない存在だったはず。だが私怨や私欲を捨ててまで同級生たちを制する丸井の姿に、何か思うところはあった様子だ。
仮にこの時、丸井が同級生たちにたきつけられるがままに「反・谷口派」となっていたらチームは早々に崩壊し、後の墨谷二中の栄光はなかった。また、この場面が存在せず、イガラシが単に「軽蔑すべき先輩」として丸井を捉えたままだったら、谷口卒業後の丸井キャプテン時代にチームは崩壊していたことだろう。
本作品の秀逸な魅力の一つに、連載初期において、すでに後の3代にわたるキャプテンの因縁が丁寧に描かれている点がある。とはいえ人気至上こそが商業誌の宿命。伏線だけ張っても、それがきちんと回収できるという保証はない。個人ではなく歴代キャプテンこそが主人公という異色漫画ならではの味わい深さだ。
第 4回
さすが青葉"スパイ行為"も余裕の歓待
青葉中監督「そうか みんながんばったね まあ ゆっくり見学していきなさい」
全国大会優勝も珍しくない強豪・青葉学院中学との地区予選決勝に向け、敵情視察に訪れた墨谷二中野球部を出迎えた青葉中の監督の一言。
谷口は青葉中野球部の出身だが、部長は2軍の補欠にすぎなかった谷口のことなど覚えているワケもなく、本来ならスパイ行為とも受け取れる墨谷ナインの視察も「ゆっくり見学していきなさい」と余裕の歓待ぶり。
墨谷ナインは校舎と見間違わんばかりの青葉中野球部の寮、ナイター設備から外野のスタジアム席まで設置された専用球場まで有し、1軍選手はグラウンド内までマイクロバスで乗りつけてくるというプロ野球以上とも言える青葉中野球部の強大さに恐れおののきつつ、あらためて青葉戦に向けた特訓を決意するのだった。
青葉の監督は練習時こそ普通のメガネ姿だったが、本番の決勝戦からは終始、黒いサングラス姿へと変身。その表情をうかがい知ることはできない。物語の鍵を握る重要人物ながら、劇中で名前も明かされないまま。「バカボンのパパ」などと同様に「青葉の監督」としか呼ばれぬ名脇役ぶりだが、劇場版とテレビアニメ版を通じて声を担当したのは俳優の森山周一郎だった。サングラスの奥に隠された表情は読めないが、青葉監督の声は刑事コジャックや「紅の豚」のポルコ・ロッソ同様の渋いオトナ声をイメージして読むことがオススメだ。
第 5回
「気配りの人・谷口」を表す送球シーン
谷口タカオの心の中のつぶやき「しばらく試合からとおざかっていたからな……」
墨谷二中唯一の投手・松下の負傷により、ピッチャー経験のあるイガラシが急きょ登板。イガラシに代わって二塁に入ったのが、イガラシにレギュラーポジションを奪われる形で補欠に甘んじていた丸井だった。
キャプテン・谷口はサードへの打球を捕球すると、そんな丸井の動きがまだ本調子ではないことを気遣い、あえて二塁の丸井ではなく、一塁へと送球するのであった。まさに「気配りの人」谷口キャプテンならではの、とっさの判断だったが、久々の試合出場で張り切る丸井は、珍しくも「ちぇっ」と谷口の采配に軽く不満なんぞを漏らしつつ二塁守備に戻る。
一見、裏目に出たかのような谷口の気遣いだったが、この後の丸井は名門・青葉学院を相手に守備、打撃ともに好プレーを連発。ついには自信家のイガラシにレギュラーの危機を感じさせるまでに活躍するのであった。
決して策略家ではなく、権謀術数とも無縁の谷口キャプテンだが、ナインに対する細かな気遣いが結果的に、チーム全体を良い方向へと導くという天賦の才を持ち合わせている。そんな谷口キャプテンの個性をよく表している一塁への送球シーンである。ほんの何げないシーンの一つ一つに、一見すると平凡なキャラクターたちの愛すべき個性が隠されているのも「キャプテン」の大きな魅力だ。
第 6回
名将も焦った墨谷ナインの急成長
青葉中監督「しかし わからん………かれがうちの二軍の補欠にいただなんて」
1軍、2軍合わせ14人以上もの選手を投入して、ようやく墨谷二中との激闘を制した直後の青葉学院中学監督が、悔し泣きする墨谷ナインに「メソメソするな!」と活を入れながら、自らも涙をこぼしていた谷口タカオの背中を眺めつつ発した言葉。何度となく全国大会制覇を成し遂げている名将に、こんな言葉を言わせたことからも、谷口と墨谷ナインの急成長ぶりが分かる。そして、その成長具合は青葉学院監督の焦り具合、言葉によって語られていることが多い。
墨谷二中と青葉学院は谷口キャプテン時代と丸井キャプテン時代に計3度対戦しているが、どの試合もゲームセット後には「この試合が最終回でも納得」という、すさまじいまでの完全燃焼感に満ちあふれている。
「キャプテン」が月刊少年ジャンプ(当時は別冊少年ジャンプ)に連載開始された1972年(昭47)。週刊少年ジャンプでは同じく野球を題材とした「アストロ球団」(原作・遠藤史朗、漫画・中島徳博)の連載がスタート。キャプテンとは対照的に主要人物の全てが常軌を逸した超人として描かれ「超人格闘野球漫画」とも呼ばれた「アストロ…」だが、作品全体で貫かれたモットーは「一試合完全燃焼」。まったく毛色が違う作品ながら、同時期に月刊誌に連載されていたキャプテンも、その「一試合完全燃焼」ぶりは際立っていた。
第 7回
"正反対"丸井の憧れは健さん!?
丸井「ほら あの『死んでもらいます』っていうやつ」
墨谷二中との地区予選でルール違反を犯しつつ勝利し、そのまま全国大会制覇した青葉学院中学に対し、全国中学野球連盟の大田原委員長が下した裁定は、全国大会決勝戦としての墨谷二中との再試合だった。
詰めかける報道陣に緊張を隠せない墨谷ナインのなか、意外やもっとも冗舌に自分の趣味まで語っていたのが丸井。ここで丸井の趣味が「映画をみにいくこと」であることが判明するが、どうやら丸井のオススメ映画は高倉健さん主演の「昭和残俠伝」(東映京都)シリーズのようだ。
1965年スタートの同シリーズだが、キャプテンの連載がスタートした72年の末には最終9作目となる「昭和残俠伝 破れ傘」(監督佐伯清)が公開。健さんが演じる耐えて耐えて耐え抜いて、最後の最後に「死んでもらいます」と刀を抜く寡黙な男・花田秀次郎と、直情怪行タイプですぐに手が出る丸井はまるで反対のタイプ。だからこそ丸井はそんな健さんに憧れていたのかも…。
また劇中「手段を選ばず金儲(もう)け」「儲けた奴(やつ)の勝ち」といった敵対組織と戦う花田秀次郎の生き方は、大田原委員長が発する「ちかごろの なにがなんでも勝ちさえすればいいという風潮には わしゃうんざりしとるんだよ」というセリフにも反映。丸井というよりは作者こそが「昭和残俠伝」のファンだった可能性も高い。
第 8回
"ミスしない男"も全国大会決勝は緊張
イガラシ「つ……つぎの六番とかんちがいしちゃった」
先輩にまで「野球知ってんかね?」と遠慮なしの悪態をつく自信家、そして冷静沈着で分析力も高いイガラシにしては珍しいミス。次の6番打者と勘違いして、青葉学院の5番打者・中野に外角高めの球を放ち、まんまとレフト上段へのホームランを打たれ、心配して駆け寄った谷口キャプテンからの問い詰められて、出てきたのがこのセリフ。
自身からして典型的な他人のミスを許せない性格。それまで初の全国大会決勝戦という大舞台で上がりまくり、エラー連発の守備陣にキレていたイガラシだったが、かくいう自分も全国大会決勝のマウンドに緊張していたのだった。
翌年、墨谷二中に入学してくる近藤だったならば「さもありなん」なミス。丸井やイガラシに小突かれるお約束のシーンとなるが、イガラシのこうしたミスはかなりのレア場面と言える。「キャプテン」を全巻読破したあとに、墨谷二中野球部栄光の歴史を振り返り「♪そんな時代もあったねと〜」と中島みゆきの名曲「時代」なんぞを口ずさみつつ振り返りたい名セリフである。
また、そんなイガラシに鉄拳を振るうわけでもなく、肩に手を置きつつ「おちつけよ イガラシ!」の一言で励ます、済ませてしまう谷口キャプテンの人格者ぶりも光る初期の名場面だ。
第 9回
「プレイボール」の伏線…運命の一言
谷口「なんだ まだ 投げるつもりか!」
秘密の控え投手・谷口のブルペン投球と、丸井のホームランによって勢いづき始めた墨谷二中ナイン。6回表になっても谷口と交代せず、マウンドに向かおうとするイガラシに対する谷口キャプテンの言葉だ。すでに初登板に向けてスタンバイしていた谷口の問いかけに対して、イガラシは「この回だけ あとは投げろったって 投げられっこないんですからね」と返す。
何げない会話だが、ピッチャー交代という大事なイニシアチブを谷口ではなく、1年生のイガラシが握っていることが分かる重要な場面。
物語初期に周囲の反対を押し切り1年生のイガラシをレギュラーに起用した谷口の決断が、ここに来て墨谷二中を支えているというのも大きなポイントだが、この時、続投の判断をイガラシ本人に委ねたことが、6回表の谷口負傷(爪を剥がし、指を骨折)という悲劇を招く。そして谷口の「二度と野球のできない指」は、少しあとから週刊少年ジャンプで連載スタートする、姉妹作「プレイボール」への伏線となっているのだから面白い。まさに運命の一言だった。
他の劇画系作品ならばページ全体を使って、ことさら大げさに描かれる場面でも「漫画の画風でハードな内容を描く」キャプテンでは、あくまでさりげなく描かれているのが常。だからこそ「キャプテン」は刮目(かつもく)して読むべき作品なのだ。
第10回
読者驚かせた主人公バトンタッチ
「かくして 谷口にとって 最後の試合は 終わったのである」(ナレーションより)
連載終了から37年、テレビアニメの終了から33年が過ぎた現在も「キャプテン」といえば、まず谷口タカオの姿が頭に思い浮かぶ人は多い。そんな人たちにとっては意外な事実だが、「キャプテン」においての谷口は、このコマのこのナレーションを最後に本当に姿を消してしまう。
卒業後もOBとして頻繁に墨谷二中に顔を出し続けた丸井とは対照的に、谷口は劇中で語られることはあっても、当の本人はパタッと消失している。
墨谷二中卒業後の谷口の姿は、1973年初夏から週刊少年ジャンプで連載開始する「プレイボール」で描かれることになるが、本作ではこのコマ登場がラスト。1983年に放送されたテレビアニメ版では、指の負傷で「二度と野球ができない」と医師から宣告されたり、丸井を後任キャプテンに指名するまでの過程や葛藤、さらには最終回で江田川中学と対戦する墨谷二中を観客席から応援する姿まで描かれているが、漫画版では冷たいまでに姿を消しているのだった。
谷口こそが主人公だと思っていた連載当時の読者を、かなり驚かせるバトンタッチ形式で別冊少年ジャンプの1973年5月号から丸井キャプテン編がスタート。これにて「キャプテン」とは、谷口タカオではなく歴代の墨谷二中野球部キャプテンの奮闘ぶりを描く作品であることを知らしめた。
第11回
下町に現れた関西発の大型爆弾
近藤「ワイ関西からきたんや これ方言やねん」
今号は丸井キャプテンの空回りぶりと、おバカで無神経だが剛速球とすさまじい長打力を持つ怪童・近藤の登場回。丸井に叱られる「はいな」という妙な返事は近藤のトレードマークともなった。
東京の下町を舞台とした「キャプテン」にも近藤の登場により関西弁が交じることに。その関西弁が正しいかどうかは別として、それまで漫画における関西弁とは「いなかっぺ大将」における西一(にし・はじめ)の印象が強烈で、アニメ版も含めて日本全国に関西人のステレオタイプを植えつけた。
野球漫画ではほとんどの登場人物が関西人である。「男どアホウ甲子園」は別としても、「巨人の星」における"カネやん"こと金田正一氏の「愛知県出身なのに関西弁」というキャラがほぼ独壇場となっていた。
また同じく1972年の連載スタート作品ながら、開始時期こそ僅差で「キャプテン」が先んじるものの、登場時期は近藤より先である「ドカベン」における岩鬼正美の個性あふれすぎなキャラクターは、かなり近藤とかぶる。近藤の登場以降、丸井の凶暴ぶりが際立ち、反対にそれまで唯我独尊的でもあったイガラシはチーム全体のバランスを気にかける人格者へと成長。近藤という関西発の大型爆弾投下が谷口キャプテン以降の墨谷二中に与えた影響は大きかったのである。
第12回
73年流行!?の広島弁がこんなところに
広島・港南中学の内田キャプテン「ずっこけるのう」
1年生ながらレギュラーで出場。ライトを守るも、あまりに稚拙な守備で同点の2点を献上し、味方からもやじ、罵声を浴びる近藤、そして動揺する墨谷二中ナインを見る港南中・内田キャプテンが思わずつぶやいた一言だ。
広島代表だけあって、会話の要所要所に広島弁が出る港南中の面々。だが、この回が別冊少年ジャンプ(現・月刊少年ジャンプ)に掲載された1973年は、広島弁にとって、大きなエポックメーキングとなった年であることを見逃してはならない。73年は、まず年頭に東映映画「仁義なき戦い」(深作欣二監督)が公開。そして初夏からは「キャプテン」の姉妹作である「プレイボール」の連載開始よりも2週間ほど早く、週刊少年ジャンプで「はだしのゲン」(中沢啓治作)の連載がスタート。その広島弁が正しいかどうかは別として、後の世にまで広島県外に住む多くの日本人が思い浮かべてしまう「広島弁」を啓発した2大作品が偶然にも、ほぼ同時期にスタートしていたのである。
港南中の登場があと1年ほど遅かったとしたら、その会話も「ずっこけるのう」程度では済まされず、菅原文太ばりの「○○じゃけん」などと、さらに凄みを増していた可能性は高かった。なお選抜1回戦で前年覇者の墨谷二中を破った港南中だったが2回戦では初出場校にアッサリと敗北。残念じゃったのう。
第13回
この漫画は彼の物語と言ってもいい
丸井「なんてダメな男だ……」
前年優勝校の栄冠を背負いつつ全国選抜大会に出場も、広島・港南中学にまさかの1回戦負け。丸井はキャプテンとして恥をかいただけでなく、衆人環視のグラウンド内でヘマ連発の近藤を蹴り飛ばし、応援団にまで悪態をつくという感情ムキ出しっぷり。いきなり余裕と人徳のなさを披露しまくる。
帰りのバスの中でもチームはギクシャクムード。ついには野球部の面々を残して、矢山病院前のバス停でひとり下車してしまう丸井キャプテンが、それまでの言動を反省しつつ、自虐気味に発した言葉がコレだった。
努力の人・谷口、天才肌の自信家・イガラシ、豪快な天然素材・近藤に挟まれる形で、歴代キャプテンの中でも主人公という印象が薄い丸井だが、実はシリーズ全編を通して登場している唯一の存在。見方を変えれば「キャプテン」とは谷口と出会い、イガラシとぶつかり、近藤の出現によって喜怒哀楽が極端になりつつも成長していく丸井の物語なのである。
早くも野球部の面々からリコール案が出ているとも知らずに、歴史的敗北から立ち上がるためにいち早く「次の一手」を決断し、迅速な行動に出た丸井キャプテンの歴史的転換場面が矢山病院前のバス停だ。墨谷二中野球部の歴史を語る上で欠かせない一コマ、名場面なのである。
第14回
世界の王と同じラーメン店の天才児
イガラシ「まず あついお湯で三分間ゆでる それで味つけスープを そのあとにいれるんです」
地獄の講堂合宿における夕食時、炊事当番のイガラシが作ったおいしいインスタントラーメンに舌鼓を打つ墨谷二中ナイン。疲労困ぱいの夕食時、メンバーを和ませようとして丸井キャプテンが放った「どうやって つくったか おしえろよ」の質問に、極めて真面目にイガラシがラーメンの袋(「ジャンプ麺ラーメン大判」なる銘柄だ)の説明書きを読み始めるというシーンだ。
いつものイガラシならば、丸井の発するくだらぬ質問に、やや皮肉も込めつつエスプリの効いた回答をするものだが、地獄合宿の10日目とあって、さすがのイガラシも疲労が蓄積。思考回路も普段通りとはいかないもようだ。
基本はグラウンドでの練習、試合のシーンばかりで、中学生ならではの淡い恋愛場面、学生の本分である教室の授業シーンすら、ほとんど登場しない「キャプテン」にあって、彼らのグラウンド外での生活ぶりが描かれることは珍しい。丸井のセリフによって初めて、イガラシの実家が(中華)そば屋であるという個人情報が明かされる。イガラシの実家の屋号はアニメ版でのみ明かされ、「五十嵐亭」だったり「五十番」だったりするが、都内墨田区を舞台に、家業が中華そば屋という天才野球少年といえば、これはもう世界の王貞治氏の実家が東京・押上付近で営んでいた「五十番」をモデルにしたことは確実だろう。
第15回
ぶつかり合いから絆が生まれる
丸井の心のつぶやき「ちくしょう どっちみち あいつと口でやりあったって 勝てやしねえんだ……」
春の選抜1回戦敗退の汚名を返上すべく、丸井キャプテンの発案からスタートした墨谷二中の地獄合宿&36校との1日3試合練習試合計画だったが、驚くべきことに劇中で描かれたのは初戦の川下中学との試合のみ。あとの35試合はナレーションで「全勝という偉業をなしとげた」と語られるだけで端折られるというスピード展開で進行した。
ある意味、全国大会優勝よりも凄い「1日3試合、36試合勝利」という偉業だが、これを経た墨谷二中野球部は地区予選でも恐るべき強さを発揮。1回戦で江東中を2回コールドで下してしまったが、この短い試合中でも丸井とイガラシが作戦をめぐって試合中に口論。これまでの丸井ならば短気を起こして爆発しているところだが、後輩相手に悪態をつきつつもイガラシの作戦に従っている描写(しかも怒りつつ、スリーランホームランまで打っている)が目立つ。
この丸井の心のつぶやきからも、端折られた35試合もの練習試合中、軍師・イガラシの作戦に従った方がチームにとっては得策ということを丸井自身も、しっかりと学んでいた形跡がうかがえる。自ら計画した地獄合宿&練習試合を経て、容赦なく口論し、ぶつかりつつも互いを信頼し合う関係へと成長した丸井とイガラシの絆が確認できる一コマだ。
第16回
ズッコケ豪快キャラの共通点
近藤「ママをママいうて なにがおかしいんやねん…?」
強豪・青葉学院との地区予選決勝戦を前に、控室で弁当タイムの墨谷二中の面々を一気に笑いの渦に叩き込んだ近藤の「ママ」発言。当初は平静を装っていた冷静沈着なイガラシまでが弁当を噴き出したことからも、すでに近藤の破壊的おバカキャラは完全に墨谷ナインに認知されてきたことが分かる。
ささいな事柄だが、母親を何と呼ぶかは「男子一生の問題」だったりもする(女子はこの問題からは解放されている)。「お母さん」「母さん」「母ちゃん」「ママ」「オフクロ」などなど選択肢こそ数多いが、ちょうど母親の存在自体が気恥ずかしいお年頃(少年漫画の主人公で両親がそろっている人物が少ないのも、そのへんの事情が大きい?)。ましてや彼らは母親を「オフクロ」と呼ぶには、まだ少々早い義務教育中のご身分。忘れがちだが、近藤らはつい数カ月前までは小学生だったのだから「ママ」も致し方ない部分もあるのだが、近藤のキャラクターとのギャップが、より妙なおかしさをにじみ出させている。
同時期に週刊少年チャンピオンに連載されていた「ドカベン」(水島信司作)でも剛速球だがノーコン、豪打、おバカで無神経、実家はお金持ちと近藤と共通項が多い怪物・岩鬼正美が母親を「お母様」と呼んで、周囲をズッコケさせていたが、こんなところにも両キャラの共通項があったりする。
第17回
"あの人"が墨谷成長度のバロメーター
青葉学院監督「はは ワシとしたことが………」
"元青葉2軍"谷口キャプテンの時代から墨谷二中野球部の成長具合は試合結果やスコアだけでなく、名門・青葉学院の監督のセリフ、態度によって読者に示され続けてきた。試合中ですらサングラス着用なため、青葉監督の表情はうかがい知ることができないはずだが、なぜか結構な喜怒哀楽ぶりを発揮し、読者に対して墨谷二中の成長具合をレクチャーしてくれていた。
全国大会決勝にも等しい地区大会決勝戦。1点差ながら、なんとか逆転に成功し9回を迎えた青葉だったが、監督の焦りは収まらない。無失点で全国制覇を成し遂げているエース・佐野が9回裏に倒れ、代わってリリーフに立った大橋が打たれ、同点に追いつかれたことで監督の焦りもMAXに。ついついベンチから声を荒らげてしまう自分を、自分で慌てていさめる青葉の監督だった。
青葉のベンチには常にサングラス姿の監督の目が光っているが、墨谷のベンチには保護者たる監督や顧問の先生もおらず、まだ中学生にすぎないキャプテンの指示のみで動いているのも「キャプテンの七不思議」の一つ(現実には対外試合などで顧問教諭や保護者が同行しないケースはあり得ない)。中学生のみの倫理や判断でついついむちゃをし過ぎて頑張りすぎてしまい、選手の自滅を防ぐのも冷静なオトナの役目。墨谷二中にもオトナの判断ができる監督がいれば…。
第18回
「あきらめない墨谷二中」の真骨頂
丸井「ほら たたねえか! こんなときこそ強がってみせるもんだ!!」
墨谷二中野球部史上、最も戦力的にボロボロに傷つき、そして勝利した青葉学院戦の途中、満身創痍(そうい)で倒れ込むナインに向けて、最後の活を入れるべく丸井キャプテンが言い放った言葉。
キャプテンに就任以来、尊敬する前キャプテン・谷口の影を追いかけるあまり、常に「谷口さんだったら、どうしただろう?」を前提に物事を考え、空回りを繰り返してきた丸井だったが、キャプテンとして臨んだ最後の試合で、谷口の模倣ではなく、丸井イズムが凝縮された「男とはかくあるべし」と唸(うな)らされる言葉が口から飛び出した。
さすがは中学生ながら高倉健主演の任俠映画(昭和残俠伝シリーズ)を愛する男。そして満身創痍で打席に立ち「おれはなんの能もないキャプテンだったけど おまえたちがみせてくれたようにおれなりのことを みせてやる」と、根性のみで出塁。イガラシ渾身(こんしん)のサヨナラ本塁打へとつなげ、墨谷二中伝統の「あきらめない野球」を証明して、キャプテンの重責を果たした。
谷口同様、この名場面を最後に姿を消していれば、丸井も「伝説の名キャプテン」と呼ばれたはずだが、丸井は卒業後も頻繁に顔を出してはイガラシ体制に口を出し続ける。やっぱり丸井は丸井だった。
第19回
近藤はさんで正反対なイガラシ兄弟
イガラシ弟「兄はあんなことを口にするくせに うちでは丸井さんの じまん話ばかりするんですよ」
青葉学院中学の地区予選決勝戦(墨谷二中が勝利するも戦力が傷つき、全国大会出場は辞退)から約半年が経過。その間にイガラシが新キャプテンに就任し、丸井は尊敬する谷口がいる墨谷高校を受験するも不合格になるという情報が、この回で明らかにされている。
そして入学してきた新1年生の中に「イガラシ弟」というニューキャラクターが登場。入学当初から先輩を先輩とも思わない態度で波風を起こしてきた兄とはガラリと違い、イガラシ弟は「いつも兄がいろいろ おせわになっております!」などと先輩への気配りを欠かさない。
卒業してもなお、母校を訪れ新入部員にあいさつ。さらには部室に自分と谷口のピンナップ(?)を貼らせようとする丸井をしたたかに、いい気分にさせて追い返してしまうのだから、なかなかの人たらしぶり。もちろん自信家のイガラシが丸井の自慢話などしているはずもない。「ウソも方便」で周囲を丸く収める才覚を持つ弟を、正反対の兄が「けっ 調子のいいやろうだ」と思ったのも納得だ。
前年の1年生・近藤のおバカで厚顔無恥なインパクトも相当だったが、そんな近藤をはさみ込む形で性格の違うイガラシ兄弟が配置され、墨谷二中野球部は新章へと突入する。
第20回
いじけ方も近藤ワールド全開
近藤「ワイのキズつきやすいことを しってるくせに それも みんなの前で… いじわる」
新学期を迎えたことで、良くも悪くもこれまで墨谷二中野球部を引っかき回してきた怪童・近藤も中学2年生に。つまり上級生となった近藤の姿を見ることができる。
部活動、特に理不尽やむちゃ、そして独特なローカルルールや上下関係が入り乱れる運動部の世界は、よく社会の縮図や、社会の予行演習に例えられることが多い。下級生時代は、やたらと先輩に対して礼儀正しく、評判が良かった人物が、いざ自分が上級生になった途端、下にはそれ以上の礼儀正しさを要求したり、鬼のように厳しい先輩へと急変する…なんてことも「運動部あるある」としてよく聞く話だ。
2年生となった近藤は、それまでの天敵とも言えた丸井キャプテンが卒業とともに姿を消した後も(たまに現れるが)、特にタチの悪い先輩へと急変したワケではないが、そこはやっぱり人の子。イガラシによってバント技術の未熟ぶりを後輩の前で指摘され、いじけまくる。やっぱり後輩の前ではイイカッコをしたいという、ごくごく普通な中学2年生的な一面を披露したのだった。
それにしても、ノックをするイガラシに対し、わざと汚いボールを渡そうとするなど、いじけ方やスネ方の表現一つとっても近藤の世界は独特だ…。
第21回
「ドカベン」「巨人の星」を上回るリアルさ
松尾直樹の母「でも あなたがたは中学生なんですし 授業という もっとたいせつなものが あるんじゃないかしら」
春の選抜大会優勝のため、イガラシがレギュラー候補のメンバーに向けて組んだ特訓スケジュールは「1日10時間」という地獄メニュー。一見、春休み期間中限定の特別メニューと錯覚しがちだが、すでにイガラシ弟ら新1年生が入学していることからも、授業を含めた通常の中学校生活を送りながらの1日10時間練習なのだ。成長期の中学生にしては睡眠時間が足りない!
ほかの学生野球漫画と比べても授業中のシーンもなければ、中学生ならではの遊びや恋愛エピソードが描かれることもなく、ひたすらグラウンドでの練習と試合に没頭する「キャプテン」だが、松尾の母の抗議によって、意外や「巨人の星」でも「ドカベン」でも描かれることがなかった「学業と部活動の両立」という、学生ならではのリアルな悩みが描かれることに。
中学生以下の読者にとって、松尾母は特訓の邪魔をする悪役に映るが、すでに中学校や高校の部活動を経験済みで、大人になった読者からすると、松尾母の言い分こそがもっともな正論に思えてしまう分水嶺(れい)的な抗議。また抗議に来た母の自己紹介によって、松尾は新1年生ながら「松尾直樹」というフルネームが読者に提示されるという谷口タカオキャプテン以来の栄光を手にしている。
第22回
パパも貴重なムードメーカーだった
近藤の父「なあ みなはん! 野球というのは はたでみてるより えらいデリケートなもんでっせ」
イガラシ政権発足と同時にスタートしたレギュラー陣の「1日10時間特訓」は松尾の母の抗議、そして新聞報道によって、PTAに疑問視されることに。そこに初登場したのが近藤の父(近藤自身は「パパ」と呼ぶ)だった。
現在の感覚からすると、近藤の父は中学生の子を持つ父親にしては老けているようにも映るが、「サザエさん」における磯野波平(子持ちの長女、小学校5年の長男、小学校3年の次女がいる)を例に出すまでもなく、昭和40年代の「中学生の父親」としては、まあ、よくある程度の老け具合だったりもする。
おバカな天然キャラ・近藤の性格ゆえ、さぞや甘やかされて育っていることが想像でき、近藤父もいわゆる過干渉な「バカ親」であることが予測されたが、さにあらず。自らも社会人で野球経験がある近藤父は、息子とは正反対に野球の厳しさ、難しさを熟知したうえでイガラシの苦悩を理解。イガラシを擁護しつつ激励する。仮にこの時期、近藤父が息子可愛さで松尾母と意気投合でもしていたら、ここで墨谷二中野球部、栄光の歴史は終わっていた可能性すらあった。
イガラシキャプテンは、ここから夏の大会に向けて雌伏の時を過ごすことになるが、この大事な時期、近藤父はPTA内のムードメーカーとして非常に重要な役割を果たしたのである。
第23回
名前ってそんなに重要じゃないのかも…
丸井前キャプテン「おまえの弟 なんて名前だったっけ」
厳しい練習を支えるメンタル的な描写、試合中の細かい心理、駆け引きなど丁寧な野球描写で知られる「キャプテン」だが、「練習と試合以外のシーンがほとんど登場しない」という特色のほかに「ほとんどの登場人物のフルネームが不明なまま」という点でも、実は異色の野球漫画なのだ。
他の野球漫画でも、主人公やその周辺キャラのフルネームは判明していても、1、2回しか登場機会のない補欠選手や敵チームの非主力選手などは、名字のみの判明で終わるケースはよく見られる。だが「キャプテン」では主人公である歴代キャプテンですら谷口タカオ以外は丸井、イガラシ、近藤と、下の名前は不明なまま。また物語のキーマンとして重要なキャラクターである谷口を新キャプテンに任命した「前キャプテン」や、青葉学院中学の監督にいたっては名字すらも判明していないという突き放しっぷり。彼らは最後の最後まで「前キャプテン」とか「青葉の監督」という呼ばれ方しかしていない。
そんな中、久々に母校を訪問した丸井前キャプテンの質問によって、イガラシ弟の下の名前が「慎二(しんじ)」であることが早々に判明。ここに谷口、母親の抗議によって判明した松尾直樹に続いて、イガラシ弟が墨谷二中野球部3人目のフルネーム保持者という栄冠を手にしたのだった。
第24回
新旧キャプテン共演の隠れた名場面
イガラシ「目標がむずかしければ むずかしいほど やりがいがありますからね」
丸井前キャプテンからの助言で、小学生時代のチームメートだった江田川中のエース・井口の剛速球、そして驚異の角度で曲がる変化球(シュート)を目の当たりにしたイガラシの言葉だ。
厳しい練習がアダとなり春の選抜出場を辞退。いきなり出ハナをくじかれたイガラシ政権だったが、それでもイガラシは腐ることなくコツコツと厳しい練習と緻密な対策を立てることでチームの強化に努め続けてきた。ある意味、そんな「イガラシイズム」が濃縮された前向きな言葉とも言える。
丸井はイガラシの頼もしい言葉、そして井口の成長に笑みすら浮かべていることに驚きつつも、自ら後継者に選んだイガラシの成長に感心しつつ、思わず土手にゴロリ寝転んで雑草をむしるのだった。初登場時には丸井よりも小柄に描かれていたイガラシだが、高校生の丸井をすでに身長で上回っていることにも注目だ。あらゆる点で成長したイガラシの姿が確認できる。
江田川中の練習を偵察しつつ河川敷の土手で会話する新旧キャプテンの姿が描かれたこの数㌻は、谷口キャプテン時代から墨谷二中の歴史を追い続けてきた読者にとって「隠れた名場面」として語り継がれている。
第25回
中学から成長!?後輩への思いやり
丸井「どこでつまずいたんかな」
たびたび母校を訪れる丸井前キャプテンは地区予選準決勝を前に、自らが入学&入部した朝日高校野球部との練習試合を提案。青葉or江田川中学との決勝戦に備えて、後輩たちに自信を付けさせるため、朝日高の菅野キャプテンに手加減をして欲しいと頼み込む。そして3番・久保のゴロを、自らわざとつまずきエラーすることで出塁させ、このようなセリフを口にしたのだった。
丸井のわざとらしいエラーには後輩のイガラシも、やや懐疑的な表情だったが、菅野キャプテンは「いかにも丸井らしい思いやりだ」と、笑いつつ看破。どうやら丸井は1年生ながら、チーム内で「思いやりのあるヤツ」と思われているフシがある。墨谷二中時代、特にキャプテンに就任してからは、やたらと後輩たちとのあつれきが多かった丸井だが、人間的に大きく成長したのか?単に1年生ということで先輩たちを相手に猫をかぶっているのか?は不明だ…。
作者の遊びか?イガラシが打席に立っている場面で、丸大ハムのパロディーで「丸井ハム」と荷台に描かれたトラックが河川敷の橋上を走っていることも見逃してはならない。丸井も墨谷二中の後輩たちに向けて「ワンパクでもいい。たくましく育ってほしい!」とメッセージを送っていたのだろう。
第26回
貴重な情報明かされるロッカーでの会話
江田川中のエース・井口「ただ みてわかるように こんな大試合はじめてなもんで コチコチなんだよ」
ついに迎えた地区大会決勝戦。試合前のロッカーで小学校時代の同窓であるイガラシと顔を合わせた江田川中のエース・井口が自らのチームメートを指して放った言葉がこれだった。
元々豪放磊落(らいらく)な性格だったと予想される井口が、初めての大舞台に緊張気味なナインを目にして不安な気持ちになったのも当然だろう。平静を装いつつも、実は徹底した井口対策に神経を注いできたイガラシは「そういうおまえだって いつもより顔色がさえんぞ」と、早くも井口の動揺を誘う策士ぶりを発揮。江田川中学が井口のワンマンチームであることを見抜いた上で、井口と同じく豪腕タイプのエースである近藤をあえて先発から外し、自らがマウンドに立ち。打たせて取るチームプレー勝負を挑むのだった。
「キャプテン」では大事な場面、試合結果などを実際の場面や試合を模写するのではなく、ナレーションや応援団の観客席のセリフ、このようなロッカールームの会話で後日談として読者に明かす手法が数多く取られている。今回も井口が準決勝で青葉のランナーに二塁すら踏ませずに完封したという貴重な情報が、ロッカー内の墨谷ナインの会話のみで処理されている。
第27回
作者から放たれた「野球の神髄」
丸井前キャプテンの心のつぶやき「バカは野球にむかねぇってのは真理だな」
打席に立ってもサインは見逃し、2年生になってもまだ「投手がモーションに入った後のタイムは認められない」など、基本的な野球ルールすら理解していない近藤を見かねた丸井前キャプテンが思わず心の中でつぶやいた一言。
打者が全員ホームランを打ち、投手が全員を3球三振に打ち取れば絶対に勝つというも野球の真理。だが他のゲームスポーツと比べて、思いのほか体力よりも頭脳作戦に比重が置かれるのが野球の特徴であり醍醐味(だいごみ)だ。この言葉は近藤に対してだけでなく、野球をよく知らない読者層に向けて、作者から放たれた「野球の神髄」を説明する言葉としても機能する。地区大会の決勝戦とはいえ、中学野球のレベルで、ここまでサインプレーが重視されていたか?は別として…。
また剛球を駆使する江田川中学のワンマンエース・井口に対して、緻密な全員野球で対抗する墨谷二中という、この試合の図式をオブザーバー的な立場でベンチに乱入している丸井が説明しているとも言える。
丸井を怖がる条件反射からグラウンド内を逃げ回り、試合を中断させてしまう近藤に対しても、イガラシは特に叱責(しっせき)するわけでなく、ポンと肩を叩いて激励するのみ。入学当初、上級生に対してまで「野球知ってんのかね?」などと毒づいていたことが信じられない人間的成長ぶりだ。
第28回
イガラシ体制の一歩進んだチームづくり
墨谷二中の捕手・小室「たのむぞ近藤! ここでは どうしても おまえが必要なんだよ」
地区大会決勝戦。イガラシが先発投手を務めたため、剛球の近藤はライト守備を任される。だが近藤はそもそもチームプレーのマナーどころか、野球ルールすらも把握しているかどうかも怪しいタイプ。そのためライト守備でもヘッポコなミスを連発し、墨谷をピンチへと追い込んでしまう。
普通ならば、ほかのナインから罵声を浴びせられたり、先輩からポカリと殴られていてもおかしくはない場面だが、チームプレー重視の全員野球で江田川中攻略を目指す墨谷ナインは違った。まず二塁を守るイガラシ弟が「ぼくが声をかけるべきでしたし」と近藤をかばい、守備対策を考えて近藤に投手交代を告げたイガラシ兄も「この期におよんでは おれより おまえのほうが ましなんだよ」と近藤のプライドを傷つけない物言いに終始。そんなキャプテンの意をくんだと思われる捕手の小室も近藤を持ち上げつつ、気分よくマウンドに立たせようとしていることが分かる名言だ。
前回紹介した、丸井前キャプテンによる「バカは野球にむかねえ」というのも一つの真理だが、イガラシ体制の墨谷二中では「バカをも巧みにコントロールしつつ戦力として生かす」という、さらに一歩進んだチームづくりに成功していることが分かる。近藤…いや、豚もおだてりゃ木に登るのである。
第29回
連載当時も私語に近かった罵倒語
墨谷二中の捕手・小室「オタンチン!!」
イガラシ弟、イガラシ兄、そして捕手の小室による「ヨイショの連携プレー」によって、気分良くマウンドに上がった近藤だったが、タッチアップなどの野球ルールを理解していないことで周囲は四苦八苦。登板前こそ「おまえが必要なんだよ」と持ち上げていた小室も、ついにはシビレを切らしつつ近藤をののしるのだった。若い読者からすると完全な死語だろう。
主にマヌケとかノロマなどの意味で使われる罵倒語である「オタンチン」は「おたんこなす」とほぼ同意語。元々は「嫌な客」を指す吉原言葉から一般化したと言われている。こうした死語を堪能できるのも40年以上前の名作漫画ならではの楽しみだ。だが「キャプテン」連載時の1970年代中盤の時点で「オタンチン」はすでに死語に近かった。
1905年に発表された夏目漱石の「吾輩は猫である」の中でも、苦沙弥先生が山芋の相場を知らない夫人を「それだから貴様はオタンチン・パレオロガスだと云(い)うんだ」とののしる場面が描かれているが、これは「オタンチン」と東ローマ帝国最後の皇帝であるコンスタンチン・パレオロガスに引っ掛けた、明治期の知識階級で流行した駄ジャレによる罵倒語。オスマン帝国に滅ぼされた最後の皇帝がオタンチンだったかは不明だが、近藤がオタンチンなことには間違いない。
第30回
他のスポ根と一線を画したサッパリ後味
江田川中学のエース・井口「しっかりな! 全国大会の優勝旗をとってくるんだぞ!!」
延長戦に突入した地区大会の決勝戦。イガラシ率いる墨谷二中の全員野球の前に、ついに敗れた江田川中学の井口が試合終了後、小学生時代からの仲であるイガラシに握手を求めつつ発した激励の一言。敗れてもなお、どこか上から目線なのがワンマンエースの井口らしいが…。
両チームがともに徹底的に策を練り、粘りに粘った激闘にもかかわらず、井口の表情、言葉はあっさりとしているようにも見えるが、この後味のサッパリ感こそが、ちばあきおワールドの真骨頂であり、他のスポ根漫画とは一線を画した「キャプテン」の魅力。他の野球漫画ならば、全国大会への道を閉ざされた井口の悔しさ、怒り、慟哭(どうこく)、嗚咽(おえつ)の描写のみで2〜3㌻は稼げそうなものだが、本作にはそのような過剰描写はない。
意外や1983年(昭58)に日本テレビ系で放送されたアニメ版では、この江田川中学との地区予選決勝戦がラストエピソードとなる。漫画版とは異なり延長戦までは突入せず、9回裏に近藤が意地と執念でファウルを捕球してゲームセット。同年7月4日に放送された最終回「激突!9回裏」では、これまで全く姿を見せなかった谷口が姿を見せ、丸井とともに歴代キャプテンが観客席から墨谷二中を応援するという原作にないシーンが挿入され、ファンを喜ばせた。
第31回
卒業後は後輩イガラシの熱烈シンパ
丸井前キャプテン「こうときめたら そのままを実行にうつす 血も涙もねえ男でしてね」
丸井は中学時代、後輩・イガラシの出現によってレギュラーから外される憂き目に遭ったものの、こと漫画内におけるレギュラー(キャラ)の座は卒業してもなお、母校にちょくちょくと登場することで死守し続けている。
今回は合宿初日にイガラシよりも早く姿を見せ、特訓に次ぐ特訓となる後輩たちのため、OB自ら炊事や掃除を引き受け、少しでも練習と休養のみに集中させようという涙ぐましい心遣い(おせっかい?)を見せている。
丸井が猛烈に前々キャプテン・谷口に心酔していることは現在も変わらない。だが連載初期には「サルといおうとラッキョといおうか〜」と、かわいげのないイガラシに対して否定的な意見を吐くなど、イガラシ批判の急先鋒(せんぽう)だった。ところが今や取材に訪れた新聞記者に対して、イガラシの凄さ、キャプテン&プレーヤーとしての実力、人間的魅力をトクトクと語りつつ、イガラシが1年生にして全国大会決勝のマウンドに立ったこと、2年で選抜大会にも出場している実績などを、やや怒ったりしつつも自慢げに吹聴している。
自らがキャプテンに就任したころは、常に「こんなとき谷口さんだったら〜」を大前提に行動していた丸井だが、卒業後は後輩・イガラシの熱烈なシンパにもなっている様子だ。
第32回
主役を苦しめる「白新」といえば…
小室「キャプテン グローブのひも ほどいて どうしたいんです?」
ついに迎えた全国大会。墨谷二中は1回戦から白新中学のなんともつかみどころのない強さに大苦戦。7回まで0点、1本のヒットすらも出ないという事態に陥る。イガラシもさすがにベンチ内で焦りだしたもようで、無意識のうちにグラブのひもをほどきだしてしまい、それを隣にいた小室によって指摘されるという場面だ。
1年生時から冷静沈着にしてクール。谷口や丸井といった歴代キャプテンの中でも感情を表に出す場面が少ないイガラシだが、白新中学によって意外なクセが明らかになった。
野球漫画において「白新」といえば、同時期に週刊チャンピオンに連載されていた「ドカベン」(水島新司作)で、神奈川県大会で毎度のように明訓高校を苦しめてきた不知火守率いる「白新高校」が有名。こちらは「白新中学」だが、ともにスローボールがキーワードという点も似ている。通常、漫画などに登場する学校名は、実在しない名称が使われるのが常だが、白新中学は新潟県内の新潟市立中学として堂々実在している。劇中、白新中学が何県代表なのかは明かされていないが、東京都代表・墨谷二中を苦しめ、イガラシの意外なクセを露呈させた白新中学が新潟県代表だった可能性は高い。
第33回
選手兼監督イガラシの評判は全国へ
白新中学の監督「きれるキャプテンてうわさは ほんとうのようだな」
自らがマウンドに立つや、あえてスローボールを打たれることで白新中学の秘密を探るイガラシに、白新中学の監督が思わず放った一言。すでに知将・イガラシの評判が他県の指導者たちにも響き渡っていることが分かるセリフだ。
説明するまでもないが「キャプテン」は中学野球の話。なのに墨谷二中野球部ときたら、普段の練習はもちろん、実際の試合、それも全国大会ですらもベンチにお飾りだけの監督(公立校の場合は大抵、顧問教諭)すらいないという不思議。松尾母の抗議に端を発した選抜大会辞退の時点で、中学生のみの部活運営による暴走を防ぐ意味で、監督を配置するのが教育的配慮のはずだが…。
指導者たるオトナ不在が常である墨谷二中では、谷口も丸井もイガラシも選手兼監督(プレーイングマネジャー)としての活躍を余儀なくされてきた。だからこそ勝利に向け、中学生たちが精いっぱいの知恵と努力を駆使して、オトナの監督が指揮するチームと戦うというドラマが生まれた。
プロ野球の世界でも、戦前や戦後間もない黎明(れいめい)期には選手兼監督が数多く存在したが、「キャプテン」の連載時期(1972〜79年)に活躍した選手兼監督は、南海ホークスの野村克也監督(70〜77年)や、太平洋クラブライオンズ時代の江藤慎一監督(75年)と、ほんのごく少数だった。
第34回
母親の抗議乗り越え頼もしく
松尾直樹「同点といわず 逆転といってくださいよ」
イガラシキャプテンのカツに対して、1年生ながらレギュラー選手として活躍する松尾が打席で言い放った頼もしい一言。
墨谷二中において1年生レギュラーとなったのは、イガラシ弟(慎二=セカンド)のみと思われがちだが、さにあらず。イガラシ政権のスタート直後、あまりにタイトな練習に母親が学校側に抗議したことで、チームに波紋を広げることになった1年生・松尾は、母親の監視による練習時間制御というハンデにも負けず、しっかりとイガラシの地獄練習にも耐え、レギュラーとなって活躍していたのである。
過保護な母親に守られた、ひ弱なキャラとして忘れ去られてもおかしくはない松尾だったが、墨谷二中史上、谷口タカオに続いて2人目となるフルネーム判明者(3人目はイガラシ慎二)の存在感はだてではない。今やキャプテンに対し、こんな応対ができるほど頼もしき戦力に成長していたのである。
内野を守り、なにかとマウンドに集まる場面でも姿を現しているはずの松尾だが、グラウンド内でもベンチでも、その姿が見えないことが多いのは墨谷二中の七不思議。作者にとって描きづらいキャラクターだったのか?ウォーリーよろしく「松尾はどこだ?」と探しつつ漫画を読み進めるのも一興だ。
第35回
東北との距離まだまだ遠かった
北戸中学の捕手・山口のつぶやき「準々決勝まできで つがれがでたのかな」
東北地方を代表して(県名は明かされず)全国大会に出場、ベスト8まで残った山口捕手のつぶやきだが、そんな心の独白までが、どこかおかしな「漫画に出てくる東北弁」に変換されているのがおかしい。
漫画における方言というのは、各漫画家のイメージによって誇張されていることが多い。それは最もメジャーな方言である関西弁ですら例外ではない。
「巨人の星」における左門豊作の熊本弁、「いなかっぺ大将」における西一の関西弁などによって、それらを学んだ?という読者も多い。
今回、北戸中学の面々が口にする方言(表現)は、とにかくセリフの「か行」と「た行」に濁音を付けることで東北人らしさを表現。前述の山口のつぶやきも本来なら「準々決勝まできて つかれが出たのかな」となる。
試合前のロッカーで、そもそも自分が標準語ではない近藤にまで東北弁を笑われたかと思えば、良識派のイガラシにまで「なんせ東北から初出場で しかも準々決勝となりゃ むりもねえさ」と、東北差別も甚だしい物言いをされるなど、この連載当時(1976年)、まだ東北への偏見は根強かった様子。東北新幹線が東京駅始発(1991年)となるのは、イガラシたち1976年の中学3年生が三十路を迎える15年後のこと。東京と東北の距離はまだまだ遠かった。
第37回
"歴史的"褒め言葉 直後にオチも
丸井前キャプテン「よくやったぞ 近藤えらい」
満を持して登板し、大の苦手であるバント処理もソツなくこなした近藤へ贈られた丸井前キャプテンの言葉。丸井が公衆の面前で近藤を褒めた歴史的セリフでもある。近藤の調子に乗りやすい性格を誰よりも知る丸井だけに、すぐさま近藤にすらバント作戦を見破られた北戸中の失策をののしることでオチをつけるのも忘れなかったが…。
丸井体制の中、入部してきた近藤は、その怪童ぶりとは裏腹な野球のルールすらも把握していないおバカぶりと無神経ぶりで丸井に叱られ、殴られ、蹴られ続けてきたトラウマがある。そんな近藤のダメな部分に目をつぶり、丸井からかばいつつも個性を伸ばす方針を取ったのが2年生のイガラシだった。谷口キャプテン時代にはそれぞれ違った個性を見せていた丸井、イガラシの歴代キャプテンは近藤との出会いにより、丸井は近藤限定で暴力性を発揮、イガラシは選手の個性を重視する知将ぶりと、それまでとは違った側面を発揮することに。
通常、漫画作品がアニメ化されると暴力模写は抑え気味でソフトに置き換えられるモノだが、丸井の近藤に対するソレは逆で、アニメ版ではより暴力性はエスカレート。漫画版では殴る&蹴るが主だったが、アニメ版ではドロップキックなど、より立体的でアクロバチックな攻撃が見られる。
第38回
殊勲でも英雄視されることなく
近藤「サ サ サヨ サヨナラホームラン」
長時間決戦の印象が強い準々決勝の北戸中学戦だが、実際には延長戦に突入することなく9回裏、近藤のサヨナラホームランによって幕を閉じた。
普通ならば、殊勲のサヨナラ弾を放った打者はベンチで袋叩きに遭うがごとく祝福されるものだが、近藤の場合はイガラシに代わってマウンドに立つや即、同点に追いつかれ、ピンチを招いた罪の部分が大きいのか?ベースを回っている最中ですら、イガラシに「これで きょうのさしひきはゼロだからな」とか、興奮のあまりベースランニング中に何度も転ぶ姿に「なにしてんだ みんなまってるんだぞ!」と叱られたりしている(それでもスタンドに向けて投げキスをしているあたりが近藤だが)。
この大激闘後、休むわけでもなく、スタンドから南海中学の試合を視察してバスで帰校。そのさなか、疲労が目立つイガラシのバットケースを持ってやらないことで丸井に叱られ、その後は部室でのミーティングでみっちりと絞られ、さらにその後、再びユニフォームに着替えて練習…。丸井とイガラシの近藤育成方針はかなり違うにしても、サヨナラ本塁打を放った近藤が英雄視される場面など皆無。「近藤を甘やかすべからず」は墨谷二中野球部の不文律として、あくまで一貫!それにしても中学生の一日の密度の濃さには驚かされる…。
第39回
全国4強でサプライズ結成
墨谷二中の応援団員「できたら ここのことは 野球部には ないしょにしてもらいたいんですけど」
全国大会ベスト4入りで野球部員以外の墨谷二中生徒たちの熱も高まるばかり。準決勝からは応援団や運動部有志によって臨時応援団が結成され、かつてない大応援隊が結成されることに。その練習に励む応援団員が、野球部へのサプライズのため、丸井前キャプテンに頼み込んだセリフがこれだ。いろいろと謎多きキャプテンワールドだが、この回で墨谷二中の応援歌が判明している。
「♪荒川を東に臨み 希望に輝く学び舎ここにあり 春の墨東明け染めて ひとすじ光る荒川に ああ我らが母校墨谷」なる歌詞。どちらかといえば応援歌というよりは校歌という印象を受ける。
歌詞から墨谷二中の場所が隅田川と荒川に挟まれた墨東地区(隅田川の東岸一帯の下町を指す名称)にあることが判明。東武スカイツリーラインの東向島駅(連載当時は玉ノ井駅)や卑舟駅、鐘ケ淵駅、あるいは京成線の京成卑舟駅、八広駅(連載当時は荒川駅)付近の下町であることが推測できる。現在は東京スカイツリーの誕生で、随分と沿線風景も変化しつつある。
墨東といえば永井荷風の「濹東綺譚(ぼくとうきだん)」が有名だが、1992年に公開された映画「濹東綺譚」でお久役を演じた宮崎美子は、2007年公開の実写版の「キャプテン」で谷口タカオの母親役を演じている。
第40回
弱点見抜き攻撃…おバカでも逸材
近藤「やい そこのハナの下の長いの! なんやい 人にタマぶつけといて」
サインに不服はありつつも苦手なバントに成功。一塁への走塁中、南海中学の捕手・片岡の送球が後頭部にコンと直撃。怒りの近藤が、わざわざタイムまでかけて片岡に言い放った言葉がコレだ。
注目すべきは、墨谷二中のナインもOB(丸井)も応援団も誰一人として、近藤が受けた頭部へのダメージなどはカケラも心配しておらず、近藤のバント出塁をファインプレーとして大喜びしている点だ。
ただし自分を繊細な人間だと信じ込んでいる近藤だけは別。たった一言で片岡が気にしていると思われる身体的特徴を挙げつつ抗議。さらには「品性下劣なやつめ」と、おバカな近藤らしからぬ難しい言葉を口にしてののしり、にらみつける片岡に対してベロまで出して応戦。どうやら片岡はチーム内でも短気で知られる存在のようで、その光景を見ていたピッチャー・二谷に「あいつめ 片岡が短気と知って挑発しているのかな」と、うがった憶測までさせている。南海中は準決勝まで残っているだけあり、おそらく墨谷二中の戦力分析は済ませてあるはずだが、近藤が桁外れなおバカであることまでは調査できていなかったようだ。
繊細さと無神経さを併せ持ち、おバカだが相手の弱点を本能的に瞬時に見抜き、的確に攻撃――。やっぱり近藤はスポーツ選手として逸材なのだ。
第41回
エノケン、ドリフ、旭天鵬まで
イガラシの予想外な好投を伝えるナレーション「ところが ぎっちょん」
本来ならば「ところが どっこい」となるべきナレーションだが連載当時、ザ・ドリフターズが「8時だヨ!全員集合」などのコントでたびたび使用していたフレーズだったため、子供たちの間でも「ところが ぎっちょん」「ところが ぎっちょんちょん」が小流行していたという背景がある。
「ぎっちょんちょん」の歴史は古く、元々は江戸時代後期に小唄や端唄の合いの手として誕生。文政〜天保期に流行した「ビヤボン節」のメロディーに、明治時代に「ぎっちょんちょん」の詞をつけてリバイバルヒット。大正時代には演歌師の添田さつきが、米軍歌の「ジョージア行進曲」に「♪ラメチョンタラギッチョンチョンデバイノバイノバイ〜」なる歌詞を付け加えた「東京節」を流行させ、昭和時代に入るとエノケンこと榎本健一が、これをリバイバルヒットさせる。さらには1961年に森山加代子が「バイのバイのバイ」、76年にはドリフターズが「ドリフのバイのバイのバイ」としてカバー。その後も、なべおさみや郷ひろみらがCMで口ずさみ、和洋折衷で誕生した「ぎっちょんちょん」や「ところが ぎっちょん」という言い回しは現在も受け継がれている。
2015年の大相撲名古屋場所千秋楽では、モンゴル出身の旭天鵬までが、このフレーズを口にしつつ、飛び交う引退説をけむに巻いていたのには驚かされた。
第42回
谷口信奉者の丸井がぼう然自失
近藤「その人 神経がにぶいんとちゃう?」
めちゃくちゃなホーム突進で得点につなげるも、近藤は右手人さし指の爪を割り、大きな代償を払うことに。爪をかばい、緩めのキャッチボールを繰り返す近藤に対し、ベンチ上に常駐する丸井前キャプテンが指の骨を折りつつも青葉学院中学との全国大会決勝戦を投げ抜いた先々代キャプテン・谷口の逸話を説いたところ、近藤から返ってきた答えがコレ…。
以前ほどは谷口の話を持ち出さなくなってはいるが、丸井が今でも猛烈な谷口信奉者であることは明らか。本作にこそ谷口は登場しないが、同時期に週刊少年ジャンプに連載されていた姉妹作「プレイボール」では、夏の甲子園大会に向けた東京都予選で、2年生キャプテンながら墨谷高校をベスト8入りさせている。その準々決勝の前日、丸井が谷口の好物・たい焼きを手土産に陣中見舞いに谷口家を訪れ、久々に再会するシーンも描かれている。
時系列的にこの南海中学との準決勝はその直後だったと思われる。再起不能宣告から不死鳥のように野球に復帰し、高校でも活躍する谷口の逸話を、つい切り出した丸井だったが、そんな谷口を無神経扱いするかのような近藤の反応に「がーん」とぼう然自失となったのも納得だ。姉妹作の「プレイボール」と併せて読むと、より丸井が受けたショックの大きさが味わえる。
第43回
全国大会決勝で究極の「オトナVS子供」
和合中学の監督「力に差のない相手を制すには 条件をいかに生かすかだぞ!」
中学生ではないオトナ、つまり監督や顧問の先生がベンチ内に不在である墨谷二中は、これまで数々の指導者が率いる学校と対戦し、倒してきた歴史がある。ついに迎えた全国大会の決勝戦を争う和合中学の監督も、これまた一癖も二癖もありそうなタイプ。早くも「野球必勝格言」のようなコトを口にしつつ、雨でぬかるんだグラウンドを利用した作戦をナインにレクチャーしている。
2年連続で和合中を全国大会決勝戦に進めているだけでも、この監督は地元でも誉れ高き名伯楽であるはず。だが試合前にコメントを取りに来た報道陣を怒鳴り散らしたかと思えば、試合開始直前のロッカーで選手全員を車座に座らせつつ黙とうさせるなどメンタル面の安定を心掛けることを忘れない。また選手一人一人の体調把握にも細かく神経を研ぎ澄ませている。戦術的には互角の戦力を持つと判断した相手には、心理戦でジワジワと追い詰めていくタイプのようだ。
片や中学生のみで戦う墨谷二中は、常にベンチ上には高校1年生の丸井前キャプテンが鎮座し、事あるごとに逆さづりとなってベンチに指示を与えたり、時には応援席で怒鳴り散らしたりと、和合中とは大きな差が見られる。「オトナVS子供」は少年ジャンプ連載漫画の伝統芸だが、この全国大会決勝戦でも究極とも言える「中学生VSオトナ」の対立構図が模写されている。
第44回
決勝戦限定で熱いセリフ多発
イガラシ「おまえの重い球で バットをへし折ってやるんだ」
前年覇者・和合中学との全国大会決勝は両チーム得点なしのまま。墨谷二中は8回からイガラシに代わり近藤がピッチャーに登板していたが、和合中の「とっておきの代打」長尾の登場にムードが一変。捕手の小室はイガラシのワンポイン再登板を提案するも、イガラシは「近藤の重い球のほうが無難だ」と却下。冒頭の「らしくもない」セリフで近藤を鼓舞するのだった。
普段のイガラシは、時にキツい言葉を吐くことはあっても、常に冷静に状況を判断。細かい分析力と独自の野球センスを発揮し、キャプテンとして感情的な発言や抽象的な指示は封印している印象だが、なぜか決勝戦に限っては、このセリフだけでなく「こうしている一瞬一瞬に すべてをそそぎこむことだ」とか「なに 最後にどっちが優勝旗をにぎるかさ」などと、珍しくも青春ドラマに登場する熱血先生か、まるで運命論者のようなセリフを多発している。
一方の和合中の監督からは、グラウンドのコンディションや選手のメンタルに重きを置いた指示が連発されるなか、中学生にして知将・イガラシとの見事な対立構造が描かれている。入部早々、丸井キャプテン(当時)にサジを投げられるなど、性格的にチーム競技に向かないタイプである近藤を、ここまで育て上げたイガラシならではの慈愛すら感じられる名セリフではないか?
第45回
ミスだけど人間的成長かいま見え
近藤「なぜってキャプテン 鼻さわったやんけ」
8回表、エンタイトルツーベースで和合中に先制の2点が入り墨谷二中はピンチに…。8回裏、塁に出た近藤はベンチのイガラシ兄のサインを受けてドタドタとダッシュしつつ二塁へ走塁。ここだけ見ると、鈍足の近藤が執念の走塁をしたように思えるが、単にサインを見誤っていたという話だ。
決勝戦。キャプテンのイガラシ兄が鼻を触るのは、ランナーに対して「もっとリードを取れ」の合図。どうやら前日の準決勝(VS南海中)で、同様の動作はヒットエンドランの合図だったようで、近藤は各サインを前日のままと思い込み、決勝戦に臨んでいたもよう。しかし南海中との準決勝でイガラシ以下、全員が満身創痍(そうい)でボロボロになって勝利をつかんだ墨谷ナインが、どのタイミングでサインプレーの変換と確認のミーティングを実施していたのか?は興味のあるところ。当時の少年読者たちも「そもそも中学野球のレベルで、ここまでサインプレーを徹底しているものなのか?」という疑問を抱きつつ読んでいたものだ。
ミスはミスだが、これまでサインそのものを無視してプレーすることが多かった近藤が、勘違いとはいえキチンとサイン通りに走っていることは大成長。丸井前キャプテンの空からの鉄拳は空振ったが、「すんまへん…」と、すぐにイガラシにわびを入れるなど、中学2年・近藤の人間的成長が見られる名場面だ。
第46回
70年代の運動部ではタブーだった「笑顔」
丸井前キャプテン「心は沈んでも ムリにでも顔の筋肉をゆるめると そのうち気も楽しくなってくるそうな」
9回表。墨谷二中は1-3と和合中学に2点リードを許し、しかもランナーは一、三塁というピンチで雨脚が強くなってきたため試合は中断。どう考えても明るい表情にはなれぬ墨谷ナインを救ったのが、丸井前キャプテンによる「天の声」だった。イガラシ以下、墨谷ナインはベンチで、やや気味の悪い笑顔を見せることでリラックスムードとなり、さらに和合中ベンチを威嚇することにも成功したのだった。
今のスポーツ界の常識では考えられないが、「キャプテン」が連載されていた1970年代当時、野球に限らず各運動部では練習中も試合中も「水を飲むこと」「笑顔を見せること」がタブーとされ、これが見つかれば先輩や監督から鉄拳制裁をくらうこと必至だったのだ。
スポーツ科学が進化した現在では「水を飲むこと」は当然として、緊張しがちな試合中に笑うことも「自律神経の頻繁な切り替えが起きる」「脳がα(アルファ)波を出し集中力を持続できる」と、むしろ奨励される行為となっている。ひと昔前まで、悲壮感あふれるしかめっ面が代名詞だった甲子園の入場行進でも、現在は笑顔の選手が増えていることに驚かされる。たとえ丸井の「きいた話」、受け売りだったとしても、墨谷二中は時代の先端を行っていたのである。
第47回
体力の限界でも失わない執念と冷静さ
イガラシ「合図は………どうした」
9回裏、自ら放った二塁打で3対3の同点に追いつき、続く近藤のヒットによって三塁を駆け抜けたイガラシが、コーチスボックスに立つ後輩に向けて、走りながら放った一言。異常なまでの勝利への執念と冷静沈着さを併せ持つイガラシキャプテンの性格が、とてもよく表れた名場面だ。
合図を忘れていた後輩を注意した形になっているが、たとえ後輩が「三塁でストップ!」などと合図したとて、それを守るイガラシではない。そもそも約2年前の谷口キャプテン時代、青葉学院との全国大会決勝戦再試合において、イガラシは1年生ながら、コーチスボックスに立つ先輩の指示を無視してホームへと突進。見事に逆転に成功し墨谷二中を日本一へと導いている。
この時はともにマウンドに立つ自分も谷口も、もはや体力的な限界を悟った上の独断だったが、今回も同様のパターンだった。初めから後輩の指示など聞く気もないのに、イガラシがコーチスボックスの後輩に注意を促したのは、早くも来季のチームづくりを見据えたキャプテンとしての責任感からだろう。名選手にして知将だったイガラシは中学時代、2回にわたって全国大会決勝戦でホームへのスライディングで逆転勝利を飾った偉大な記録の持ち主としても、墨谷二中野球部の歴史に名を残したのである。
第48回
「近藤キャプテン」は消去法だった!?
松尾直樹「おまえの兄貴 どうして また 近藤さんなんかキャプテンにしたんだろ?」
ついに近藤キャプテン時代が到来!イガラシ前キャプテンら上級生が部活動を引退し、近藤を次期キャプテンに指名し、墨谷二中を卒業していくまでの数カ月間に、さまざまなドラマがあったことは想像に難くない。だが夏の全国大会終了後から新1年生が入部してくる4月までの展開を、まるまるはしょってしまうのが「キャプテン」の作風。今回も近藤がキャプテンに就任するまでの、イガラシ兄の葛藤や近藤の浮かれっぷり、そして不安に駆られる牧野や曽根といった近藤の同僚たち…といった面白エピソードがあったはずだが、これらは全て後日談として処理。まずは近藤がキャプテンに選ばれた理由を、松尾からの質問→イガラシ弟からの回答という形で読者に示している。
実際に兄に「近藤選出」の理由を尋ねたイガラシ弟によると「ほかにだれがいる」と、イガラシ兄は迷わず近藤を選んだもよう。松尾ら新2年生が「そういや牧野さんじゃピリピリすぎるし、曽根さんや佐藤さんじゃ神経が細すぎるかもな…」と予測した通り、その理由はやや消去法寄りだ。
かくして「神経がねえ」とまで評される近藤キャプテンは、副キャプテンの牧野と衝突を繰り返しつつチームをけん引。おバカな近藤が4代目主人公となったことで、本作の作風もややギャグ漫画寄りに変化していくのにも注目だ。
第49回
意外!?じっくり見極めるタイプだった
近藤「そんな しぼるって ピッチャーの素質なんて きょう あしたでつかめやせんがな」
同級生からも2年生からもキャプテンの就任を不思議がられている近藤。これまでのおバカで無神経な言動ぶりからも、最上級生になったら、さぞや傲慢(ごうまん)でワガママになることも予想されたが、さにあらず。天性の人当たりの良さから、無駄に1年生をおびえさせたりせず、じっくりと適正を見極めつつ、ノビノビと行動させるタイプのキャプテンになった。
腰は低いが地獄の練習をチームに課した努力の人・谷口、ガミガミとうるさいが自らが縁の下の力持ちになることをいとわなかった丸井、無愛想で超過酷メニューを課しつつも冷静沈着な采配で墨谷二中を日本一に導いたイガラシと、墨谷二中の歴代キャプテンは、それぞれ違った個性を発揮してきた。ここまで「キャプテン」を読み続けてきた読者も「もし、自分が墨谷二中野球部に入ったとしたら、誰がキャプテンの時代がいい?」の質問に「近藤」と意見を改めたはずだ。ある意味、近藤は歴代でもっとも現代的なキャプテンとも言える。
サヨナラ本塁打を放とうが、爪が割れても投げ抜こうが、決して先輩たちから褒められなかった近藤だが、実は隠れたリーダータイプだった…と珍しくも近藤を褒め称えてしまいそうだが、そんな近藤の個性を見抜いた上で次期キャプテンに指名したイガラシ前キャプテンの眼力こそを高く評価しよう。
第50回
明るいカラーを象徴するシーン
近藤「なあ みんな 校歌をいっしょに歌おうやんけ」
近藤パパが運転するマイクロバスで球場入りする墨谷二中野球部。パパからの提案で士気を高めるべく校歌の合唱を提案した近藤キャプテンだったが、皆が正しい歌詞を知らないといったほほ笑ましいシーン。これまでの墨谷二中とは違った、近藤政権の明るいカラーを象徴するシーンとなっている。
以前、応援団が披露していた正式な墨谷二中校歌は「♪荒川を東にのぞみ〜」なので、曽根(遊撃手)が思い出していた歌詞が正解ということになる。結局「みんながしっている歌」(by 近藤パパ)として野球部の面々が合唱していたのは連載当時、空前の大ヒット中だったピンク・レディー6枚目のシングル「UFO」(作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一)だった。無邪気に「UFO」を合唱する面々に、マイクロバスを運転する近藤パパも驚いている様子だ。
部屋にそれらしきポスターが貼ってあることから、近藤がピンク・レディーのファンなのはほぼ確定だが、近藤や曽根ら3年生だけでなく、普段はあまり喜怒哀楽を出さないイガラシ弟や松尾ら2年生までもが拳を突き上げ、楽しそうに「UFO」を合唱しているあたり、当時のピンク・レディー人気の高さをうかがわせる。1977年12月に発売された「UFO」はオリコン調べ155万枚を記録する大ヒット。翌年末には第20回レコード大賞を受賞している。
第51回
さらりと明かされるフルネーム
近藤パパ「さあがんばれ 茂一」
近藤キャプテン初陣となる全国選抜大会1回戦の南ケ浜中学戦。まず試合前には、取材に訪れた市川記者によって、近藤パパが社会人野球の世界でかなり有名な存在であったと同時に、本名が「近藤茂太(こんどう・しげた)」であることが判明。試合が始まるとスタンドから見守る近藤パパによって、はじめて近藤のフルネームが「近藤茂一(こんどう・しげかず)」であることが判明するのだった。
ほとんどのレギュラーメンバーが名字のみで処理されていることは再三、当コーナーで取り上げてきたが、ここにきてようやく近藤の下の名前が判明。後輩である松尾(直樹)、イガラシ弟(慎二)に先を越されてしまった近藤だが、歴代キャプテンの中では丸井、イガラシ兄を飛び越し、谷口(タカオ)に続くフルネーム判明キャプテンという栄誉(?)を手にしたことになる。
それにしても、特訓用マシンを開発中の父ちゃんの「タカオの野球の練習につかうんだ」のセリフで下の名前が判明した谷口といい、母親の自己紹介で判明した松尾、丸井に問われて兄が答えて判明したイガラシ弟といい、普通の自己紹介形式が皆無というのも面白い。直球のようでいて、実は「大事な情報ほどさりげなく披露」という奥ゆかしさも「キャプテン」の魅力なのだ。
第52回
4代目象徴 あだ名で呼ばれる後輩誕生
近藤「さ たのむぞ JOY!」
9回の裏ツーアウト、ランナー一、二塁のピンチでありつつ、逆転のチャンスでもある重要な場面で近藤キャプテンが"ベンチ上の指揮官"丸井前キャプテンに逆らってまで代打起用したのが、新1年生の「JOY」こと佐々木。ここだけ、いきなりピックアップして読んでしまうと、まるで意味不明なセリフだが、入部テストの時、すでにユニフォーム姿だった他の1年生とは違って、胸に「JOY」とプリントされた長袖シャツとトレパン姿だった佐々木が、牧野副キャプテンによって「JOY」とあだ名されたことが由来のセリフだ。
徹底的に陽性(おバカ?)なキャラクターである近藤政権下の特徴として、墨谷二中にもあだ名で呼ばれる後輩たちが誕生する点が挙げられる。JOY以外にも太っていて足がのろく、ゾウのように目が小さいことから「ゾウさん」と、まるでダークダックスのバス担当(遠山一)のようなあだ名となった橋本らがいる。イガラシ弟、松尾ら2年生の次は彼らが墨谷二中を支えていくことになる。
1年生で初出場ながら5番・佐藤の代打で公式戦デビューしたJOYは、見事に「(丸井からの)ゲンコのかかった」近藤の期待に応えてランナー2人を還すサヨナラヒット。1年生にも積極的にチャンスを与えるという近藤政権の方針の正しさをも証明したのだった。
第53回
あだ名後輩の陰でとばっちり
近藤「ゾウ! 佐藤のかわりをたのむぞ」
全国選抜大会準々決勝の相手は伊豆の名門・富戸中学。1回戦の南ケ浜中学戦でサヨナラヒットを放ったJOY(佐々木)に続いて「ゾウさん」こと橋本が1年生ながら公式戦デビューを飾ることになった。グラウンド外では近藤に「ゾウさん」と可愛い感じで呼ばれていたが、緊迫した試合中では単に「ゾウ」と、ぞんざいに呼ばれてしまうことに。
それにしても、近藤世代でいまひとつ存在感が薄かった佐藤(一塁手)は「タイミングがあわない」ことを理由に、1回戦でJOYに代わられ、準々決勝では相手のスパイクで手をはじかれて左手に全治10日間のケガを負い、ゾウさんにポジションを譲るなど、見事なまでに近藤がブッシュしてきた1年生の「踏み台」となった形だ。今後、佐藤に活躍の機会があるか?は極めて怪しいが…。
今は1年生だけに、先輩方から命名されたあだ名にも、おとなしく返事している彼らだが、やがて2年生、3年生になったときに後輩から「JOY先輩」「ゾウ先輩」などと呼ばれるのをよしとしているかどうかは疑問。特に3年生になったあたりには、「JOY」とか「ゾウ」と呼んだ後輩にゲンコの一つでも振り下ろしている可能性は高い。下級生や若手時代につけられたあだ名が、悪口へと変換して受け継がれるのは、どこの世界でもよくあることだ。
第54回
退場の近藤に代わり冷静な采配ぶり
曽根「いま 帰えりゃ たしかに気分がスカッとするだろう けど それだけのこっちゃねえか」
両チームともに荒々しいプレーが目立つ準々決勝戦。カッカする近藤はドロップキックばりに三塁、本塁へと突進し、ついには守備妨害で退場処分に。怒りが収まらず、チームごと試合放棄して、さっさと引き揚げようとする近藤に対して、ショートの曽根が言い聞かせた言葉がコレ。まさに正論だ。
右足を負傷した副キャプテンの牧野(捕手)も戦線離脱したために、墨谷二中で残る3年生は曽根のみ…。試合はJOYと曽根の即席バッテリーによって続けられるが、曽根は慣れない捕手にもかかわらず、なかなかの好リードで1年生のJOYを引っ張るのだった。新学期を迎えた時期、イガラシ弟や松尾ら2年生から「(キャプテンになるには)神経が細すぎる」と指摘されていた曽根だが、この沈着冷静さや後輩を無駄におびえさせず、緊張を解きほぐしつつの采配ぶりを見ると、実はキャプテン向きの人材だったのでは?とも思わせる。
これまで、さほど目立った印象はない曽根だが、イガラシ政権時代には実は2年生ながら出塁率7割の1番バッターとして活躍していた逸材だ。自己主張はせぬがキッチリと仕事をこなし、チームの一大事にはビシッと厳しい言葉を発して「困ったちゃん」なリーダーをいさめる。曽根のような人材こそが、組織には求められるのだ。
第55回
繊細にして豪胆…退場後も唯我独尊
近藤「そうすりゃ へへ……またワイが準決勝でマウンドにあがれるし 優勝の道がひらけるってわけやんけ」
退場処分を受けた近藤は独断で試合放棄を企てたり、キャプテンの仕事を勝手に放棄しつつ、後輩たちへの援護射撃もせず、ベンチで文句を垂れてはふてくされるばかり。そんな近藤が唐突にマウンドで奮闘する1年生のJOY(佐々木)への指導を始めたり、声援を飛ばしたり、再び動きだしたことを副キャプテン・牧野に指摘されての一言。
直情怪行型で自分こそが世界の中心にいるかのごとき言動が目立つ近藤だが、キャプテンに就任するや、かなり早い段階から新1年生の育成に力を入れ、即戦力として起用策を打ち出す先見ぶり(イガラシらが抜けた後の墨谷二中の戦力にいち早く不安を感じ取っていた?)、マウンドから呼び寄せたJOYへのピッチング指導、臨時キャッチャーを務める曽根へのアドバイスを見る限り、そのイメージとは裏腹に、野球に関しては理論派なのかも(元ノンプロ選手である近藤パパからのアドバイスによるものも大きいが)。
もちろんセリフにある通り「自分が投げさえすれば優勝への道のりも〜」と考えているあたりは、唯我独尊ぶりも健在。徹底したおバカキャラとして読者に認知されてきた近藤だが、実は繊細にしてごう慢、豪胆にして警戒心が強いといった、スポーツ選手独特のメンタリティーを体現した存在だったのかも?
第56回
真の主役はこの人だった!?
丸井「おれがノコノコでてきて 口だしする心配もなくなったようだぜ」
近藤率いる墨谷二中は伊豆の名門・富戸中学に敗れ、準々決勝で全国選抜大会から姿を消す。学校へと戻り、早々に反省ミーティングを行う墨谷ナインの来年、再来年をも見据えた強化計画を知った丸井が、早くも走りだした頼もしき後輩たちを見つめてつぶやく名セリフだ。
これにて、谷口の転校から始まった「キャプテン」の物語は終了。思い返せば「この学校だったら なんとかやっていけそうだ」なんて気分にすぎなかった谷口を、大きな勘違いとともに引くに引けない状況へと追い込み、本気モードへと突入させたのも、チームの和を重んじてそれをのみ込んだのも丸井。卒業後もたびたび姿を現しては、迷惑がられつつもベンチ上から「影の采配」をし続けたのも丸井だった。やっぱり真の主役は丸井だったと思わせるラストだ。
ところでベンチ上に居座る丸井の制服がグレーっぽい色から、オーソドックスな黒の詰め襟に変化していたのにお気づきだろうか?編入試験に合格した丸井はこの春から、朝日高から谷口のいる墨谷高へと転校。谷口が2年時から墨谷二中に転校してくる場面からスタートした「キャプテン」だが、今度は丸井が2年時から墨谷高へと転校。その模様は姉妹作「プレイボール」で描かれている。
この名言集は「MANGA ARCHIVOS WEEKLY」の編集後記みたいなものです。担当編集者からの一言だと思って毎号読んでいます。
谷口「おれみたいに素質も才能もないものはこうやるしか方法はないんだ」
イガラシ「これなんだなあ…キャプテンがみんなをひっぱる力は…」
等の言葉はありません。これはあまりにも有名だからかな? 編集者がこんなに長い間読み継がれていく「キャプテン」の隠された魅力を新たに探している感じがします。がんばってください。(2016.5.28 Oz)
とうとう終わってしまった。一抹の寂しさが…。最後の頁を開いたら2面を使って大きな墨谷二中が…新聞らしい終わり方が印象的でした。1年以上にわたって楽しませてもらいました。ありがとうございました。(2016.12.23 Oz)
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