キャプテン

あきおさんとの出会い

江口寿史

 ちばあきおさんの漫画を初めて知ったのは高校2年の時だ。週刊のジャンプとマガジンと、あとLPレコードを1枚買うともう、ひと月の小遣いはなくなってしまったので、月刊少年ジャンプに載っていた「キャプテン」を僕は毎月、立ち読みで読んでいた。
 こんな地味な絵と話と、淡々としたテンポのマンガがどうしてこんなに面白いのだろうと、当時の僕は不思議でならなかった。
 ちばあきおさんと初めて会ったのは、僕が漫画家としてデビューしてまだ3年めの、23歳の秋だった。
 ちばあきおさんは、今まで僕が会ったどの人よりも優しかった。お宅に遊びに行った時。酒を飲んで騒いで酔っぱらって泊めてもらった時。中野ブロードウェイでラーメンをおごってもらった時。あきおさんはいつも、僕のようなちんぴら漫画家にニコニコとおつきあいして下さった。
 あきおさんの家が新築なった折り、遊びにいって新しい仕事場を見せてもらった時のこと。
 机の上に「プレイボール」の、ある回のゲラ刷りが置いてあった。見るとそれに赤エンピツでいろんな書きこみが――主人公の顔に×点がしてあったり、人物のポーズが直されていたり――してある。
「先生、これ、どうするんですか」と聞くと「ああ、それ単行本にする時、描き直そうと思って」あきおさんは僕の顔を見ないでそう言った。その書きこみは、ゲラ刷りのほとんどのページにあった。
 僕は、失敗した回のゲラ刷りなんか絶対に読めない。自分の失敗と対峙できないのだ。
 ちばあきおさんは、こうして毎回、自分の作品と真っ向から向かい合っていたのだ。失敗からも目をそらさず、真剣に自分の作品のチェックを続けていたのだ。
 こうした真摯な情熱から生み出される作品が読者の心を打たないはずがない。
 僕はその時、ちばあきお作品の面白さの秘密の一端を垣間みた気がしたし、また同時にその真摯さが逆に、ちばあきおさんを追いこんでいったのではないかと思いも、今では少し、ある。

(「ちばあきおのすべて」特別寄稿文より)

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