チクリ ひと刺し 練馬のコニクラウス
武論尊
あきおさんは、私の事を″ブウ″と呼びます。「お〜い、ブウ! 嫁さん見つかったか!?」これが、ここ数年来のあきおさんの、コンニチハの替わりでした。
冗談かと思うと冗談でなく、それが証拠に、あきおさんは名うてのまとめ屋であり、江口寿史氏、車田正美氏、高橋広氏の結婚は、あきおさんと奥さんがまとめあげたものでした。とにかく、人の幸福を自分の幸福と考える人であり、その考えは漫画の中に生き――登場人物全員が、みなやさしい善人ばかりです。
しかし、ここで油断はできません。なにせ″練馬のコニクラウス″と異名をとったほどの毒舌家、チクリ鋭いひと刺しが待っています。「嫁さん見つかったか!?」その後、ジッと私の顔を見―そして悲しげに首をふりながら、「…フウ…最近の女性は相手を選ぶからなァ…」深ぶかとため息をもらすのです。
ズキッ!! 痛いです。
この異名―コニクラウスとは、小憎タラシイとゴルフのジャック・ニクラウスをひっかけた言葉でして、本人もいたくこの異名を気にいったらしく、以来、その舌鋒はいよいよ冴えをみせていったのであります。
ゴルフ――グリーン上で3パットでもいたしますと、すかさず横で、ニッと笑いながら頭を指し「パットはここよ!」とおっしゃるのです。″グリーン上のブタ″などとのたまわれた大先生もおります。
しかし憎めません。あきおさんの毒舌の裏にはやさしさがあります。
「ブウ! 漫画が当たったからといって、おまえが偉くなったわけじゃない! ふんぞり返りすぎるとコケるよ…」
痛いです! でも、この痛さは、私にとって大切な痛さです。このひと刺しがなければ、私は舞い上がるだけ舞い上がって、もうとっくにポシャッていたかもしれません。
やさしいあきおさん、おもいやりのあきおさん、そして練馬のコニクラウス、あきおさん――いえる事はひとつ″本当に、人間が好きだったんだなァ……″
私の事です。またいつ、ふんぞり返りが始まるかわかりません。その時は、またあのクシャッとした顔をニッとくずし、「ブウ! おまえ偉くなったんだねェ…」チクリひと刺しして下さい。私はまだまだ手がかかりますよ、あきおさん!
「月刊少年ジャンプ特別編集 ちばあきお先生追悼号 ちばあきお チャンプ」(昭和60年1月20日発行)より