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小学校五年生のとき、ソフトボール大会があった。「大会」といっても一学年二クラスで、男子総数四十人ちょっとしかいない田舎の学校だったからそれほど得意でないぼくまでが選手になってしまったのだ。
選ばれて、さて困ったのがグローブ。兄弟のいる家の子は共同でひとつ持っていたり、近所の人から借りてきてまにあわせる子が多かった中で、ぼくにはそんなツテさえもなかった。グローブがまだ高級品だった時代なのだ。ぼくは親父に泣いて頼んだ。「半年間こづかいはいらない」というのが条件だった。
ま新しいグローブを手にしての出場を、クラスの仲間がうらやんだのは不思議ではない。だがレフトを守るぼくに、不運にも初回から強烈なライナー。ポロッと落としてぼう然としているぼくに仲間の痛烈なヤジ。新品のグローブへの嫉妬もてつだって「下手ックソ!!」「山田とはやってらんねえなァ!!」
勝ったか負けたかもう記憶にはない。けれどぼくは意固地になってしまって、その後せっかく買ってもらったグローブを二度と持つことはなかった。
だからぼくはずっと野球をしらなかったし興味も持てなかった。だがこの三、四年、夏の高校野球のシーズンになるといつの間にかTVをつけている。ルールをしらないから、多分本当のおもしろさもわかっていないだろう。なのに、けっこう楽しんでいる。
これはすべて野球漫画のせいなのだ。漫画の上での突然の試合展開を、うそみたい!などと思っていたことがTV中継では現実に起こっている。思わず熱中してしまう。しらずに泣いてたりする。ぼくはこれからも野球のルールを覚えたりしないだろうけど、もう決して毛ぎらいはしていない。野球漫画よありがとう、というところだ。
『プレイボール』は楽しい。そして、ときに美しい。おそらくそれは谷口君の清潔なキャラクターから出ている。主体性を持って行動しようとするその姿からきている。そしてそれは谷口君を描くちばあきお先生のすがすがしい心でもあるのだろう。″感動大作″などという大げさな感じのないその描き味に、ぼくは心をくすぐられ、なんだかひどく幸せな気分になるのだ。