キャプテン
文庫版

プレイボール 1 解説

栗山英樹

コミック版『プレイボール』第1巻  「よ〜し、俺も頑張るぞ!」
 ありきたりの言葉かもしれないが、この『プレイボール』、そして、前作の『キャプテン』を読む度に、こんな気持ちにさせてくれる。
 高校時代、私も甲子園に行くことは出来なかったが、朝練に始まり、練習終了が夜の9時。家に着くと10時という生活。夢の甲子園の土を踏むためには、当然のことと思いながらも、苦しさに、練習をやったるでという気持ちが薄くなることもしばしば。そんな時、いつも、この谷口君が元気付けてくれた。
 子供の頃から、野球マンガに関しては、全てといっていい程、読み尽くしてきた。憧れはそれぞれのヒーロー全てにあるが、ライバルと思えたのは、この谷口君だけだった。
 練習をしている時、ゲームを行っている時、我慢がきかなくなりそうになると、「谷口君に出来て、俺に出来ないはずはない」と常に思ってきた。甲子園には行けなかったが、憧れのプロのプレーヤー達の間で、野球をすることが出来たのは、谷口君の存在も、大きかったかもしれない。
 さて、谷口君がなぜ、他のヒーロ達と違い、自分のライバルという存在になったのか。
 これが、ちばあきおさんの描く、この『プレイボール』の素晴らしさなのだと思う。
 現実的なのである。どこにでもいそうな谷口君が、絶対にあきらめない心と頑張りで、一つ一つの障害をクリアしていく。
 奇跡を起こす。プロセスをはっきりと示してくれていたからだ。
 そして、何と言っても、ちばあきお先生の野球に対する愛情が、はっきりとこの作品に、谷口君に表れているのだ。
 墨谷高校に進学後、指の曲がってしまった谷口君が、野球が出来ないためにサッカーを始める。しかし、野球ができないことで、より一層、野球への思いの強さを谷口君が感じ、曲がった指でさえも、野球のフィールドへ戻ってくる。
 私も中学校進学当時、同じ様な経験がある。中学に上がった時、夢はたった一つ、甲子園であった。ところが、僕の進学した小平二中は、野球部こそあったが、名ばかりで、練習もほとんどしない、楽しむだけの野球部だった。これでは、甲子園には行けないと、この学校の中で一番きびしいクラブに入って、高校まで、体をきたえようと考えた。それが、バレーボール部。中学の時から朝練があるような練習のきびしいクラブであった。そのため、成長期に無理をしすぎ、腰痛に悩み、朝会では、立っていられない状態、両ひざには、水がたまり、ドクターからは、運動を続けるのは無理だと、2年生の夏休みに言われた。絶望のどん底に落とされた自分の心の中は、バレーボールではなく、もう野球が出来ないのかというものだった。壊れてもいい、やってやる。運よく市内に公式の野球チームが発足され、入部。ひざの痛みは激しかったが、野球というスポーツが自分の体に合っていたのだろう。高校へ行く頃にはほとんど良くなっていた。あの時、改めて、野球への強い思いを自分で感じたからこそ、こんな一か八かの勝負に出ることが出来たのだと思う。そう考えると、谷口君の気持ちが痛いほど共感出来るのだ。
 ここ数年、野村IDが野球界では主流になっている。データを重視せよ、ということだが、簡単な言葉で言えば、相手の心理を読みその裏をかくということでもあるわけだが、この『プレイボール』は、すでに、はっきりとそのことを示し、それにより谷口君率いる墨高は勝ち進めたのである。
 打者の足の構えや、声のかけ方、バッターボックスの立ち位置を変えることで、相手にプレッシャーをかけたり、苦手なボールを投げにくくしたり、この考え方をもっともっと、十分に理解して、実行すれば、私の野球人生も大きく変わっていたかもしれない。
 昨年の日本シリーズ、イチロー−古田の対決が注目されたが、相手の弱点をめぐるかけひき、野球のおもしろさを十二分に感じさせてくれた。そんなこともあり、どこのチームも情報収集に力を入れるが、この墨谷高校が行ったように、相手を見て、分析する上でも、いかにデータを集め、分析し、必要なデータだけを正確に見つけられるかが、問題になってくる。谷口君の場合は、チームメイトを閉口させてしまったが、ゲームになった時、相手の特徴や、使えるデータを持っているか否かが、現代の野球では勝利への大きな要因になる。こういった流れをもはっきりと、この『プレイボール』では、示しているのである。そのことを、本当にわかりやすく説明をしてくれている。野球を志す人の教科書的な存在でもある。
 こういった野球への専門的なことも、もちろんだが、スポーツに限らず、生きていく上でも、もっとも大切なことを教えてくれている。
 それは″あきらめない心″
 よく、プロ野球や、一流スポーツ選手達と話をする中で、最後に勝負を決めるものは何か。それは、心の中だと95%の選手が言い切る。それは、この″あきらめない心″。どんな場面になっても、どうすれば、この窮地を克服出来るかということを考え、今、自分が何をすればいいのか、はっきりとわかっているかどうか、考えることが出来るかどうかということが、大きく結果を左右するということだ。谷口君を含め、墨谷ナインは、ただ漠然とプレーすることはない。バットを持つ位置、狙い球、忘れていれば、必ず、谷口君が指示を出している。これは、最後まであきらめない心と、練習、ゲームと常に一球一球を考えてプレイする習慣があるからこそ、出来ることなのだ。そして、この心も、野球を人よりも愛しているかどうか。その心が決めるのだということを谷口君が教えてくれる。
 いくつになっても、このプレイボールを読むと、
 「今、谷口君と同じ様に燃えているか、もっと頑張らなければいけないだろう」
 そんな気持ちを呼び起こしてくれる。
 何十年、何百年経っても、野球マンガの代表作として語り継がれていくに違いない。本当に好きだから頑張れる、そんな谷口君とこの『プレイボール』に感謝の気持ちを込めて、乾杯。

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