キャプテン
月刊コミック特盛

キャプテンの風景


夕暮れの坂道 月刊コミック特盛 谷口編④
はにかみ屋とおこりんぼとクールと自由奔放 月刊コミック特盛 丸井編①
直されなかった原稿 月刊コミック特盛 丸井編②
ライバル像に見る作家の視座 月刊コミック特盛 丸井編③
くつろぎと笑いと、そして息抜けぬ問題 月刊コミック特盛 イガラシ編①
担当者にわかるようでは… 月刊コミック特盛 イガラシ編②
多芸多才 月刊コミック特盛 イガラシ編③
ちば流キャラクター製造法 月刊コミック特盛 イガラシ編④
恋とキャプテン 月刊コミック特盛 イガラシ編⑤
キャプテンに全力投球 月刊コミック特盛 イガラシ編⑥
『キャプテン』講演旅行 月刊コミック特盛 イガラシ編⑦
担当はおいてけぼり 月刊コミック特盛 イガラシ編⑨
キャプテンのモデル 月刊コミック特盛 イガラシ編⑫&近藤編①

キャプテンの風景

夕暮れの坂道

ちばあきお作劇術

 墨谷対青葉戦で、実は戦っていたのは青葉の二軍の選手だった。だが予想外の墨谷の戦いぶりに、青葉は一軍の選手と総入れ替えし、辛勝する。物語はこれで終わるのかと思ったら、ルール違反ということで、再試合になる。
 再試合が事実上の決勝戦と言うことで、墨谷は雰囲気にのまれ、攻守ともに乱れ得点をゆるすが、次第に雰囲気にも慣れ、互角に戦う墨谷。ところが、谷口が頑張りすぎて爪をはがすアクシデントが生じ、動揺する墨谷…という具合に、物語の流れは二転三転して進む。
 その都度、担当編集者は「この展開で大丈夫? 先のこと考えてるの?」と心配する。
 ちばさんは、いたずらっ子のようにニヤッと笑う。一見なんの変哲もないコマ割の中で(実は凄い才能であるのだが)その起伏を、なんの衒いも感じさせずに描く。笑い顔の向こうで、この作劇術を会得するのに、ちばあきおはどれだけの困難を克服したことか。

キャプテンの風景②担当制作者が語る製作秘話

はにかみ屋とおこりんぼとクールと自由奔放

名作『半ちゃん』にみえる『キャプテン』

 ちばさんは、キャラクターとしてはイガラシが好きだった。じゃあなぜ『キャプテン』を始める時、主人公をイガラシではなく谷口にしたかというと、これは憶測だけど、イガラシは個性が強すぎる。だから、話が一方的に進むことを危惧して、どこにでもいるような人物を主人公にし、それに相対する存在として、個性の強いイガラシを配したのだと思う。『キャプテン』の前に描いた、108頁の読み切りの野球漫画『半ちゃん』にもいえることだ。下手だけど野球が好きな半ちゃんを主人公に、個性的で、アクの強いイガラシを配する。実力主義のイガラシの意見で、チームワークが崩れていき野球部は解散する。それでもめげずに半ちゃんは「みんな野球が好きなんだろう?」と部員を再招集する話だ。
 『キャプテン』も当初『がんばらなくっちゃ』というタイトルで起こした、読み切り漫画の構想だったのが好評だったので、新しく『キャプテン』というタイトルに変え、連載漫画としてスタートした。実はこれさえも、ちばさんから後で聞いた話だが、サッカーとかラクビーとか、色々なスポーツのキャプテン像をシリーズ化して描いていこうという心づもりらしかった。
 ところが、読者アンケートの人気が高かったので、谷口キャプテンでいける所までいき、話が終われば、墨谷二中野球部内でのキャプテン像を描いていこうということになったようだ(この辺の記憶はさだかではない)。

イガラシではなくなぜ丸井?

 二代目キャプテンに丸井を持ってきたのは先に書いた、イガラシの個性云々より、谷口を信奉する丸井という人物に、ちばさんは興味を抱いたからだろう(作家は物語を描いていくうちに、思わぬ人物に思い入れることがある)。
 連載も長くなると、個性派のイガラシもそれなりに、読者にも墨谷野球部にも浸透したから三代目キャプテンはイガラシにしたのではないか(これも推測にすぎない)。もっとも、墨谷二中野球部も強くなり、いつまでも普通の野球好きな少年が主人公では、話が進まない。だから四代目キャプテンも、イガラシと違うタイプだが、個性の強い近藤にしたのではないか。

キャプテンの風景③担当制作者が語る製作秘話

直されなかった原稿

 ちばさんの絵は、一見簡単そうに見える。だが簡単そうに描いて面白く見せるということが、いかに困難をともなうものか。傍らで見ている僕が辛くなるほど、彼は艱難辛苦する。人物の一挙一動、そしてコマ割りに細心の注意を払う。だから彼は遅筆だった。
 「月間少年ジャンプ」の『キャプテン』一本の時でさえ、締め切り時間との戦いで、納得いかぬ場合は体調を崩すことがあったのに「週間ジャンプ」の『プレイボール』との両連載となった時、彼の精神力、体力の消耗はいかばかりだったか。
 今回掲載の、丸井キャプテンの夏の合宿シーン、絵柄が変わっているのに、気付かれた読者も多いと思う。この時も体調を崩し。執筆不可能となった。人気漫画だったから、休載は許されず、ちばさんの話をもとにして、新人の漫画家さんに(今では高名な漫画家になり活躍されている方もいる)無理を押してお願いしたものだ。
 コミックスにする時、そのシーンをちばさん自身の手で描き直すのかと思っていたが、彼はそれをしようとはしなかった。多分、自分の不始末を他の漫画家の手をわずらわせたことに対し、描き直すのは、失礼にあたるとちばさんは思ったに違いない。

キャプテンの風景④担当制作者が語る製作秘話

ライバル像に見る作家の視座

 最大のライバル校となる、青葉学院という名称だが、ちばさんは最初、下町の学校、墨谷二中に対して、山の手の学校として、青葉学院中等部という名称を考えた。だが当時漫画で、青葉学園という名称が多かったので担当編集者は気に入らず、自分の出身校である青山学院をもじり、青葉学院とした。ちばさんは了解したが、彼は青葉学園という名前が頭から離れず、応援団の旗などに、青葉学園と描き、担当者はその都度、修正していた。  ところで、ちばさんは、主人公に対してのライバルというか、対比する人物を描くのが上手かった。例えば青葉学院の佐野であり、絶筆となったボクシング漫画「チャンプ」の桜庭であり、これ以外の作品にも多々いる。そういえば、ちばさんは、一枚の画用紙に、物語に使う使わないは別にして、いろんな人物―チームの人物だけでなく、いろんな職業の老若男女―を、三十人くらい描いてあったのを思い出す。
 ちばさんが描くキャラクター像としては、「谷口」の存在は珍しい。彼が描くキャラクターは、例えば、下手だけど野球好きな少年であれば、下手なりの野球好きのまま、いかに野球が楽しいかということをテーマに、ドラマを構築することが多かった。谷口のように努力して成長していくというキャラクター、あるいは筋立てはなかったように思う。
 「キャプテン」を例にとるなら、丸井は谷口の信奉者で、根は善良なのだが威張る。イガラシは野球が上手くて非情。近藤はわが道を行くという具合で、みんな谷口のように、真面目な努力型のキャラクターではない。これはおそらく、当時の担当編集者が、酔っ払いの情けない人物で、ちばさんには初めて見るタイプの人間だったので、反面教師的に創造したのではないか。

キャプテンの風景⑤担当制作者が語る製作秘話

くつろぎと笑いと、そして息抜けぬ問題

 ちばさんの漫画で、時折ギャグ的なシーンが入る。丸井キャプテンの時、ナインにどなりちらし「いけっ一番バッター!」と言って「キャプテンからですよ」とナインにつっこまれ、顔を真っ赤にしてコソコソとバッターボックスに向かうとか、今回では、近藤がイガラシの言葉にすねて、イガラシが新入部員にノックする時、汚れたボールを渡すとか…。「ああいうシーンは、ちばさん息抜きなの? 面白いけど」とちばさんと雑談した記憶がある。
 そんな雑談の折「不良学生が主役になる漫画でさあ、彼らはいつ勉強しているのだろう?」なんて愚にもつかぬ話をした。もっとも『キャプテン』だって、初期の頃こそ授業シーンはあったが、ほとんどが野球シーンだ。それらはテーマ上仕方のないことなのだが。
 そんな話のあと出てきたのが、今回描かれている松尾の母親が出てくるエピソードだ。授業と野球の練習時間の問題を提示する。
 さて、この教育問題(!!)を、ちばさんはどう処理したか。次号を楽しみにして下さい。

キャプテンの風景⑥担当制作者が語る製作秘話

担当者にわかるようでは…

 ちばさんを担当していた頃から、もう三十年も経つのか。だんだんと彼との思い出も、記憶の向こうに消えていく。
 ディテールにこだわり、妥協をゆるさない彼の執筆姿勢は、悪戦苦闘の連続だった。今回の春の選抜大会に向けてのイガラシの猛特訓のシーンは、彼自身を奮いたたせるために描いているのかと思うほどだ。
 あまりの特訓のやり方に、心配した松尾選手の母親の提言で、野球部のあり方を協議するために、部員の親たちが集まる。ここで平凡な担当編集者は、ストーリーの先を予測した。
 もともと野球好きな松尾は、猛特訓にも耐え、学業と両立させて頑張る。その姿を見て母親の方が折れる…。
 だが、ちばさんは見事に編集者の予測を裏切った。特訓の最中、ある選手の素振りのバットがスッポぬけ、それが松尾の頭に当たり大騒ぎになるシチュエーションを作る。それがもとで選抜大会は棄権する。
 ちばさんは、マヌケな編集者の方を向き、「まず編集者の考えていそうなストーリーの裏をかかなくちゃね」と、いたずらっぽくニヤッと笑った。

キャプテンの風景⑦担当制作者が語る製作秘話

多芸多才

 今日は制作秘話とかいうのではなくて、ちばあきおさんの趣味について話しましょう。
 ちばさんは、小柄で童顔だったが、趣味の広い人でした。(小柄で云々と、趣味の広さとはカンケイないか)そしてコリ性。新しいもの好きな所もあったな。
 仕事場ですぐ目についたのが、オーディオセットの事務机の半分くらいの大きなスピーカー。聞けば手作りだという。そういやお兄さんのてつやさんから聞いたんだが、彼は子どもの頃から機械いじりが好きで、手先が器用だったらしい。
 ある日仕事場にいくと、立派なオーディオセットが消え、コンパクトなオーディオセットになっている。
「なに、これ?」と編集者。
「コンパクトディスクっていうの」といって…ちばさんが見せてくれたのが、いわゆるCD。
「へーっ、レコードがこんなに小さくなったの」
 その二、三週間後、CDの広告が目に付くようになった。ちばさんの新しいもの好きの一例です。仕事場ではあまり音楽をかけなかったかな。志ん生の落語を聞いていた方が多かったと思う。でも案学が不得手というわけでもない。一時クラシックギターを習っていたこともあるらしい。「アルハンブラの思い出」とかいう曲を弾いてくれた。だけど、出だしの途中で「もう忘れちゃった」でチョン。うまかったのか、そうでないのか、評価のしようがなかった。
 この他にも、野球はもちろん、水泳はもぐるのが得意だった。ボーリングもマイボールを持つほどで、うまかったし、ゴルフもうまかった。ちばさんからゴルフクラブ一色をもらった。きっとちばさんの技術がしみこんでいるだろうから、これを使えばいいスコアが出るだろうと、さっそく使ってみたが、スコアは変わらなかった。いいクラブを持っても、下手な奴は下手なんだと納得した。

キャプテンの風景⑧担当制作者が語る製作秘話

ちば流キャラクター製造法

 墨谷二中のキャプテンを終え、高校に入ってからも、丸井が良く出てくる。ちばさんは丸井が好きだったのだろうか。オッチョコチョイで、お人好しで、世話好きな性格、それまでのちばさんの作品には、あまり見られないキャラクターである。
 往々にして漫画家は、担当編集者はもとより、まわりの人を作品のモデルにすることがある。もちろん、その人たちをそのままに性格づけするのではなく、他の人の性格も吟味してキャラクターは作られる。
 最初、谷口は担当編集者をモデルとした感もあるが、漫画での谷口のほうが担当編集者より、人間として成長し、オッチョコチョイな行動に出られなくなった。(もっとも、墨高野球部で卒業生を送る会だったかで、父親に教えてもらった裸踊りを披露するシーンがあったが、読者の反応は良くなかったように記憶する)
 とまれ、谷口は墨高野球部で活躍を嘱望され、練習練習の日々で、丸井のように、墨谷二中には顔を見せられなかったのだろう。当初、担当編集者が谷口のモデルと思われたが、漫画の谷口の成長についていけず、そのオッチョコチョイな性格とあいまって、丸井のほうに移っていったようだ。そして、試合の合間の味付けとして、描きやすい丸井の出番が多くなったのだろう。
 ところで、当時の担当編集者は野球を知らなかったし、野球どころかスポーツ全般に無知だった。編集者から、少年誌の編集者が野球を知らなくてどうするんだ! と怒鳴られ、スポーツ紙を買い、TVで実況を観るのだが、もともと興味のない人間に、長続きするわけがない。よくそれで『キャプテン』の担当が出来たものだ。ただ、ちばさんとの打ち合わせは、野球を知らない分、登場人物の性格づけだけは、カンカンガクガクやったらしい。
 いい気なものだ。
 生き返ってこい、あきお!一緒にお酒を飲もう。

キャプテンの風景⑨担当制作者が語る製作秘話

恋とキャプテン

 「キャプテン」の登場人物は、谷口とか丸井とかが、際立ってていねいに描かれているが、他の選手はそれほど個性的に描かれていない。これは、ちばさんが手を抜いているというものではなく、もともといろんなタイプのキャプテン像を描きたいという意図のもとに始まったからだと思う。だから例えば100頁読切のサッカー漫画で「校舎うらのイレブン」という名作があるが、これは話のテーマが、イレブンが下手ながらも、それぞれの特技を出しあって試合に臨むというモチーフなので、各人が個性的に描かれている。
 それはともかく「キャプテン」には、恋の話が出てこない。野球漫画ということで、担当編集者は気にもとめなかったようだ。そうだ、ちょうどその頃、ラブコメ漫画と称するジャンルが、ブームになった時期があった。『少年サンデー』が得意とする分野だった。だからというわけでもなかったと思うが、雑談で、谷口にガールフレンドが出来たらどんな態度をとるだろうなァと、話した記憶はある。だが、話はそれ以上進まなかった。恋のエピソードを入れ「キャプテン」本来の話の流れを止めたくなかったのだろう。
 それに、ちばさんはすごくテレ屋だった。だからかどうかわからないが、ちばさんの他の作品にも、恋愛をテーマにしたものはなかったと思う。ちばさんとは、お酒を飲む機会がままあったが、その席でも恋についての話はあまりしなかった。男二人が、女の話をしなかったものふしぎといえばふしぎなことだ。二人とも女にモテなかったのだろう。だから恋の話は描けなかったんだよ、きっと。

キャプテンの風景⑩担当制作者が語る製作秘話

キャプテンに全力投球

 ちばさんのデビュー作は、講談社からの少女漫画だった。その後、少年サンデーの増刊号で、短編をいくつか描いていた。その頃はちばさんのことはまったく知らなかった。デビューから何年経ったのか『校舎裏のイレブン』という長編を、先輩編集者から引き継いだのが、ちばさんとの初めての出会いだった。
 あの時から彼が亡くなるまで、僕らは何をしていただろう。飲み、笑い、怒り、そして飲んだ。その頃、彼とのつきあいが、僕の生活の大半を占めていたような気がする。彼とのつきあいは、なぜ長く続いたのだろう。俗にいうとウマが合ったのか。当然のことだが、僕は彼の作品が好きだった。彼の繊細さが好きだった。
 ある日、僕は編集者から「お前の漫画の見方は甘いなァ、某社に知り合いがいるからそこに行くか」と冗談か本気か知らぬがいわれたことがある。その時、持ち込み原稿か何かで、ちばさんのアシスタントが来社していて、そのやりとりを見ていたらしい。そのアシスタントが、その時の様子をちばさんに話したのか。後日、ちばさん宅に打ち合わせで出向いた時、彼が「某社に行かされるんだって?じゃ『キャプテン』持って俺も某社に移るよ」と真面目な顔をしていう。「いや、あれは編集長の冗談だよ」で、この件は落着。でも彼がそれほど僕を信頼してくれていたのかと、感激した。(本当のところは、どうだったのか知らないが…)
 今はどうか知らぬが、昔、専属制といって専属料を払い「本誌だけで全力投球してくれ」という主旨の制度があったが、ちばさんは拒否した。編集長は不満らしかったが、僕は無理強いしなかった。で、彼が他誌に描いたかというと、描かなかった。いや遅筆の彼は描けなかった。(2作品の例外はある『みちくさ』と『磯ガラス』)
 でも時々、彼はいたずらっぽい顔をして、「○○社から頼まれて、断り切れず読み切り1本OKしたよ」という。僕は困惑した顔で「えっ本当? まずいなァ、ウチの連載大丈夫?」という。しばらくおいて「ウソだよ。こんな状態ではとても描けないよ」と彼はニヤニヤしていう。
 ちばさんはもういない。亡くなってから何年になるのか。彼とのつきあいは、僕の生涯に強烈に残るだろう。

キャプテンの風景⑪担当制作者が語る製作秘話

『キャプテン』講演旅行

 もう遠い昔のことで、記憶があいまいだが、熊本(だったと思う)から、ホンダの製品(バイクだったか、自動車だったか)を運送する会社の社長さんが、突然編集部に来られた。がっしりした体つきの精悍な人だったと記憶する。
「私、『キャプテン』のファンなんです。主人公のあのひたむきさ、誠実さ、そしてナインをひっぱっていく魅力、すべて感動しました。ついては、ウチの会社の創立記念日に、ちば先生に講演をお願いできないものか」と来意を告げられた。あまりに突然のことで、ちばさんと相談して、後日連絡するということになった。
「実はさ、講演頼まれたの、熊本にある会社の社長さんから」
「講演って何話せばいいの?」
「ま、『キャプテン』を描く動機だとかさ、なぜあのような主人公にしたとかさ、宣伝にもなることだし…」
「Tさんはついていくだけだからラクだけどさ…」
 ちばさんはテレビ出演とか、講演が苦手でお断りすることが多かったが、すったもんだの末、この熊本行きは決定した。大勢の社員の方に迎えられ、無茶苦茶恥ずかしかったが、三十分くらいの講演もソツなくこなし、というか、講演というほどのものでもなかったように思う。と書くと、ちばさんは墓場で「お前さんがムリヤリ連れ出したくせに…」と怒るよな多分。ともかく、ちば先生と身近に話し合えて、社員の方は満足していただけたのではないかと勝手に思っている。
 その会社の創立記念日は、面白いイベントや、出店の店があり、特に笑ったのは、ご当地では加藤清正にちなんでのお祭りがあるらしいが、その時に踊る盆踊りの類のものか、社員の方が踊ってくれたが、あれは傑作だった。
 それはともかく、ちばさんの訪問が、社長さんの意図する社員教育になったのかどうかは不明だが、ちばさんと担当編集者は二日間の熊本旅行を、十分に楽しんだのでした。ずっと昔のちばさんとの思い出です。

キャプテンの風景⑫担当制作者が語る製作秘話

担当はおいてけぼり

 ちばさんは、スポーツが好きだった。水泳、野球、スキー、ボーリング、ゴルフとなんでもこいで、すべてに上手かった。僕がつきあったのは、スキーとゴルフ。スキーは二度ほど行ったか。その一度目、アシスタントやお手伝いさんと一緒だった。
「谷口さん、スキーは初めて?」と、ちばさん。
「いや、去年会社の友人と…」
「じゃあ少しは滑れるのね。お手伝いさんに教えてやってよ」
 しまった。経験があるなんていわなけりゃよかった。会社の友人というのがヒドイヤツで、スキー初めての人間を山のてっぺんに連れてきて、本人は滑り降りて、下の方から早く滑ってこいと叫ぶ。板を平行に合わせるとスルッと滑る。これはどうしたものか。このまま滑っていって人とぶつからないか。ゲレンデから人がいなくなるのを待つ。当然ながらリフトはグルグル回り、次から次へと人はたえない。
 腰をおろしたまま小一時間どうしたものかと逡巡する。リフトで何度も回っているスキーヤーが「あの人あんな所に座って何してんだろう?」なんて目付きで、滑っていくように感じる。僕は焦る。焦るがおもむろにタバコに火を着け上手そうに吸う。味などない。―というアリサマだったのだ。
 さて、ちばさんたちとのスキー当日。一度はヨロヨロと滑ったが、昨年の経験がトラウマになって恐怖感が先立ってスキーにならぬ。初めて滑るお手伝いさんの方が、僕なんかより上手く滑り、楽しそうに騒いでいる。僕は板をはずし、白樺の林に一人佇むが、誰も振り向いてくれない。仕方なくロッジに戻り、酒を飲む。ちばさんがヒョコッと顔を出し、「何、もう疲れたの? 歳だなァ。 俺、もうひと滑りしてくるよ」
 畜生! 誰も俺を構ってくれない。スキーなんて金輪際やるものか!! と思って以来、その思いだけが現在も続いている。
(モウちゃん またひとつおせっかいやきにきたぞ…という一言が欲しかったのに…。)

キャプテンの風景⑬担当制作者が語る製作秘話

キャプテンのモデル

 谷口、丸井、イガラシ、近藤とキャプテンが交代していくんだけど、以前どこかに書いた記憶もあるが『キャプテン』の最初の構想は、色んなジャンルのスポーツのキャプテン像を描くことだった。だが、『キャプテン』が大好評だったので、やめられなくなり、野球部の中で、色んなキャプテン像を描くことになったのだと思う。
 それぞれのキャプテンには、モデルとおぼしき人がいる。谷口、丸井はさておき、イガラシは、ちばさんが尊敬する編集者で、現在は重職におられる講談社のI氏だと、ちばさんから聞いた。さて近藤だけど、このモデルは誰か? 実はぼくも記憶は定かではない。当時、ぼくも仕事が忙しく、フリーの編集者にちばさんの担当を手伝ってもらったことがある。この人がヒョーキンな人で、その人をモデルにしたとちばさんから聞いたような、そうでないような…記憶はアイマイである。その人は年はとったが今でもヒョーキンで、驚いたことに編集プロダクションの社長になり、忙しく飛び回っている。人生わからないものです。
 それで『キャプテン』は七年連載し、近藤で終わる。連載が順風満帆にいったわけではない。特に「週刊少年ジャンプ」で『プレイボール』が始まり、最初の頃は元気いっぱいのちばさんも、中学、高校の違いはあれ、同じ野球漫画、物語の運びをどう区別していこうかと苦しみ、傍らで見ていても、その仕事ぶりは壮絶な戦いであった。「もう終わりにしようか」という話もまま出たが、その頃のちばさんの姿を思い浮かべると、辛くて思い出したくないのが本当の所です。

 最後の近藤編④にはJC『キャプテン』26巻のちばあきおさんからの言葉が載せられていました。(Oz)
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